第156回●ツォ・シェ ~母語の大切さ~

ヴムバジャさんとの異文化クロス対談
神奈川県大和市国際交流センターにて

谷川俊太郎の詩『生きる』をチベット語に翻訳してほしい、と早稲田大学から依頼された。なんでも、小学校向けの多文化言語教材として世界の25言語に翻訳し、それをその国の言葉で朗読したものを録音して子どもたちにいろんな国の言語の響きを体験してもらおうというプロジェクトである。世界の25言語のなかに英語や中国語、フランス語があるのは当然として、モンゴル語や、チベット語など母語話者が世界的に少数の言語も入っている。おそらくたまたま僕が在籍していたことも手伝ってチベット語が選ばれたようだ。そのときはあまり深く考えず、むしろ、子どもたちがチベット語の存在を知ってもらえるいい機会になるなと喜んで引き受けた。


       生きる
                   谷川俊太郎
生きているということ。
いま生きているということ。
それはのどがかわくということ。
木漏れ日がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと    

(後略)

谷川俊太郎さんの朗読会にて

しかし……、難しい。そもそも日本語が難しい。こうして一語一語、谷川さんの詩に向き合ったとき日本語の奥深さに驚かされる。そもそも「生きる」ってどんな意味なのだろうと冒頭で立ち止まってしまった。たとえばチベット人にとって「生きる」とは、六道輪廻をまわる仏教的な意味ならば「ドワ(行く)」になるし、現世にとどまっているという意味なら「ネ(有る)」になるし、生活しているという意味合いが強ければ「ツォワ」になる。生き残るという意味なら「ソンポ」になる。ましてやチベット人は「生きる」なんて普段は意識しないし会話にもあまり出てこない。つまり、それくらい日本人は「生きる」ことを意識しなくてはならないほどに生きる実感がないのだろうか。また、「木漏れ日」なんていう概念はチベットには存在しないし、調べたところ日本特有の美学であることがわかった。チベット人がふっと思い出すメロディといえばきっと仏教の声明ではないだろうか。こうして一語一語向かい合うことで、それぞれの国の文化が見えてくることにはじめて気がつかされた。とりあえず試訳を仕上げたものの、こんな不完全な翻訳が後世に残っては谷川さんにもチベット文学界にも申し訳ないし、ましてや日本の子どもたちの未来に不吉なことが起きそうな気がしてきた。

そんなとき「谷川さんの詩をチベット語に翻訳している在日チベット人でヴムバジャさんという学生がいますよ」と耳にし、半信半疑のまま都内の大学に足を運んだ。日本文学を研究しているというその風貌は一昔前の日本の文学青年の面立ちを漂わせている。タシデレと挨拶しようとしたがアムドの出身だったことを思い出し「デモ(元気)」に切り替えた。

 
ヴムバジャさんが訳したチベット語の『いきる』

さっそく、研究室に案内してもらうと彼の本棚には村上春樹や川端康成の文学作品がずらっと並んでいるではないか。そして谷川俊太郎詩集のチベット語訳を見せてくれたとき、一瞬でそのレベルの高さが伝わってきた。日本にこんなチベット人がいたとは驚きである。彼は普段から趣味として谷川俊太郎の詩を翻訳して書き溜めているという。「でも、実は『生きる』は翻訳が難しくて保留してあったんです」と語る彼。そして1週間後、彼のおかげで完璧なチベット語訳が完成した。タイトルは「ツォ・シェ(生きる)」。これで日本の小学生たちは無事、美しいチベット語を耳にすることができそうだ。よかった、よかった。


彼の夢は川端康成の『伊豆の踊子』を翻訳することだという。しかし、日本語力ではなく母語であるチベット語の大切さを痛感していると語る彼の言葉を聞いて僕はとても嬉しくなった。なぜなら、まったくおなじ理由で四部医典の日本語訳が滞っているからだ。四部医典は医学や仏教的な側面ばかりが注目されているが、実は美しい九韻詩文で統一されていることはあまり知られていない。たとえば次の一偈の試訳をみても、残念ながらチベット語原文の美しさには遠く及ばない。

たとえば鳥が空を舞っていたとしても
自分自身の影は常に地上に写っているように
衆生がどんなに幸せに生きていたとしても
無明と離れない限り病とは離れられない   
(論説部第8章。小川による試訳)

こうして、おたがいに異国の文学に心酔し、おたがいの母国語の大切さを痛感した点において我々は意気投合することができたのである。そして、数日後、僕は初めて『伊豆の踊子』を手に取って読んで、日本語の美しさに感動したのであった。『四部医典』のまえにまずは母国の文学に精通しなければ。次は『雪国』を読んでみよう。「トンネルを抜けると、そこは雪国だった」。その続きを僕はまだ知らない。

(参考)
作品『生きる』(1971年)は全39行。合唱曲にもなっている。また、国語の教科書やテレビドラマで使われるなどしており、谷川を代表する作品のうちのひとつ。40年以上前に創られた詩でありながら、2011年3月11日の東日本大震災後に、もっとも人々に読まれた詩のひとつ。

※多文化言語教材については「多言語・多文化教材研究」のサイト(外部サイト)をどうぞご参照ください。

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