第200回 ド ~石とともに~

tibet_ogawa200_2何度も土突く筆者

 標高が高くて木があまり生えていないからなのか、チベットは石(チベット語でド)の文化が盛んである。たとえばオム・マニ・ペメ・フムの真言は石に刻まれ巡礼道に献納される。チベット語で「石に絵を掘るように」という諺は、ものごとを決して忘れない喩えとして用いられている。また、チベット医学では薬を作るに際し、昔もいまも石が用いられる。アムチ(チベット医)は薬草を磨り潰すためにちょうどいい大きさの石が眼に入ると、思わず立ち止まって拾い上げてしまうのは本当の話である。

tibet_ogawa200_1チベット医の製薬

 
 そこで、僕が日本で開催している薬作りワークショップではチベット医学に倣い、まず石を探すところからはじめている。幸い、自然豊かな信州や富山の森では用意に見つけることができる。子どもたちは大小さまざまな石を拾ってきてくれた。大きいと圧力はかかるが小さい手には収まらない。小さいと使いやすいが時間がかかるし、あやうく指を潰してしまいそうになる。そうして子どもたちは適度な石の大きさと重さを学んでいく。あるとき、参加者が大きくて平らな石を見つけてきた。「こんな素晴らしい石をよく見つけてきましたね」と褒めると、「石垣の石を抜いてきました」と教えてくれ、みんなで笑ってしまった。予想通り、薬草をきれいに磨り潰すことができて、「きっとこの石垣は薬作りのためにあったに違いない」と都合のいい解釈をした。もちろん終わった後は石があった場所にはめ込んで戻しておいた。参加者の一人はわざわざ大きな石臼を持参してくれた。旧家に捨てられていたものを拾ってきたという。おそらく50年近くぶりに回転した石臼によってカルダモンは驚くほど細かく磨り潰された。

tibet_ogawa200_3製薬ワークショップ

 都内で開催される薬作りワークショップでも、やはり主役を石にしようと計画していた。すると東京出身の妻が「都内で石は見つからないよ」と教えてくれた。「え、そうか……」と意外な事実に気づかされた僕は、出発前に近くの川へ石を探しにいき、重たい石を長野から都内まで運んだのであった。都内に有用な薬草がないのは仕方がないとしても(第186話)、土も石もないことに気がつかされる。あるのは、コンクリートとアスファルトと排気ガスに強い街路樹(薬用効果のない)ばかりだ。これでは、いざという災害時に何にも対応できないだろう。都内に、もっと、薬草と石と土を用意しておいてほしいものだ。

 そんなふうに石への熱い思いを抱いていたら、さらに真剣に石と向かい合うことになった。建設中の店舗の礎(いしずえ)を石場立てで作ることになったのである(第193話)。現代建築はコンクリートで固めた基礎の上に家を固定させる。いっぽう、昔ながらの石場立て工法では礎石の上に柱を置くだけで固定しない。地震がきたら、柱が石の上をスライドして揺れを吸収してくれる。昔の人たちの知恵にはいつもながら驚かされる。なによりも(コンクリート基礎は土木業者に任せっきりになってしまうが)石場立て工法の場合、自分自身が作業に参加できるという素晴らしい利点がある。そもそも、店舗を建設中の野倉地区は石が豊富で、かつては石臼の産地であった。石がガラガラしていることから「我羅理(がらり)」という字名があるくらいである。石のおかげで野倉地区の土は下方に流れださず留まってくれているそうだ。そんなありがたい地元の資源を活用しない手はない。

tibet_ogawa200_4石の基礎

まず、石を近くの沢で拾い集めて石をハンマーで砕いた。「カーン、カーン」という音が里山に響き渡った。次に拳大の大きさになった石を敷きつめて丸太で何度も「土突く(どつく)」。今度は「よいしょ、よいしょ」という掛け声とともに「ドスン、ドスン」という地鳴りが響き渡った(注1)。固めた地盤の上に大きな礎石を置くと基礎の完成である。そして礎石の中央に柱を載せて家は立ちあがっていく。当たり前のことだが、柔らかい木と硬い石の組み合わせから家はできていることに気がつかされる。地元で生まれ育った石と木で作られた店舗。そんな薬店「アムチ薬房(仮称)」はようやく7月下旬に完成しそうだ。
店舗が完成したら野倉で採れた石の上で薬草を磨り潰して調整しよう。そこにある石を活かして石とともに生きる。それもチベット医学的な営みのひとつではないかと僕は考えている。

注1
「土突き」が「どついたろか」の語源である。


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