第204回 リンカ ~茶飲み話~

tibet_ogawa204_1「木陰でのんびりしなさい」の絵解き図

26、27歳、信州の農場で働いていたとき、午前10時、午後3時に一回ずつある30分の休憩時間がなによりの楽しみだった。「お茶ー!」と親方から声がかかるとみんな仕事の手を休めて集まってくる。畑の脇に座りお茶を飲み、お菓子を食べ、ときにはパンを食べて栄養補給をする。なにしろ高原野菜の出荷作業は体力を消耗する。だからこそ余計に休憩時間がオアシスのように感じられたものだった。そして、雄大な浅間山を眺めながらのおしゃべりは毎日のことでも飽きることがなかった。いや、このお茶の時間の幸福度を増すために、あえて負荷をかけて農作業しているといってもよかった。

 もともと僕は5歳、6歳のころから農作業の合間のお茶タイムが大好きだった。田んぼのあぜ道にゴザを敷いて近所のおばちゃんたちといっしょにお菓子をたべる。40年以上たったいまでも、あの光景と匂いをはっきりと思い出すことができるくらいだ。もっとも、あのときはあぜ道で遊ぶことが僕の大切な仕事だったのだが。

tibet_ogawa204_3田んぼとあぜ道と祖母と兄

 ヒマラヤ薬草実習でも薬草を採取しベースキャンプに帰ってきてからのお茶がなによりもの至福のひとときだった。背負った薬草を下ろすと、まずは汗だくになった服を着替える。そしてラフな格好になるとチャイ(ミルクティー)をもらい土手に腰掛けて仲間と語り合う。そんなときは小さい頃の思いで話など普段とは違う、ちょっといい話で盛り上がることが多かった。そして雄大なヒマラヤの風景は毎日のことでも飽きることはなかった。

tibet_ogawa204_2メンツィカンのリンカ

 チベットには「リンカ」と呼ばれるピクニックの習慣がある。リンカ、直訳すると公園。その名のとおり公園や草原にテントを張り、親戚や友人たちが集まって踊り、歌、お酒、お茶を楽しむ。当然のごとくメンツィカンでも毎年リンカが開催され、在学中、僕も参加して楽しんだ。チベット人たちのリンカにかける意気込みを知ると、とても軽々しく日本語でピクニックとは訳せなくなる。なぜなら彼らにとってリンカは日常の脇役でも気休めでもない。リンカが一番、仕事・勉強が二番。リンカのために彼らの日常があるのだから。

 そして2016年の今年。店舗建設の合間には午前午後、必ず30分、大きな栗の木の下でお茶休憩を楽しんだ。大工さんたち、ときには通りかかった地元のおじいちゃんたちもお茶に加わってくれた。そんなとき古老が話す昔の野倉のエピソードが大好きだった。店舗の縁側が完成すると縁側でのお茶がみんなの楽しみになった。右に独鈷山(とっこさん)、左に女神山、背後に雷山(かみなりやま)が広がる。もちろん、いまも、そしてこれからも野倉の風景に飽きることはないだろう。こうして毎日、お茶を楽しんでいるうちに、やっぱりお茶の時間が主役で建設作業が脇役の感覚になってきた。

tibet_ogawa204_5薬房建設の合間に

 オープンした「森のくすり塾」ではチベット薬を処方するわけではない。特別な施術があるわけはない。でも、こうしてチベット人的な営み「リンカ」を日本で再現していくこと、これもチベット医学の実践の形の一つとして認識してはもらえないだろうか。事実、四部医典には「ルンの病には日なたで友人とおしゃべりしなさい。ティーパの病には木陰でのんびりしなさい。ベーケンの病には火に当たって軽く運動しなさい(根本タントラ第5章)」と記されている。冬には薪ストーブが稼働するので、ベーケン病に効果的な営みが薬房に加わる予定だ。

tibet_ogawa204_4薬房の縁側でくつろぐ友人

 「薬房・森のくすり塾」は喫茶店でも保養所でもありませんが、お茶を飲みながらのおしゃべりがなによりの“くすり・薬”だと考えています。小さいころからずっと実践し続けていたことこそが確かな効果を帯びるような気がしています。その意味では薬房のコンセプトは幼少時のあぜ道ですでに生まれていたのでしょう。夏は大きな栗の木の下で、春と秋は杉の無垢板の縁側で、そして冬は店内で暖かい薪ストーブを焚いてお待ちしています。


参考
ルン病は主に精神、骨、筋肉と関わりがある。ティーパ病は肝臓、胆嚢、熱と関わりがある。ベーケン病では主に浮腫み、消化不良、冷えなどの症状がでる。(第38話



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