第290話 ロギュ ~歴史~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

宗吽寺 宗吽寺

11月23日、上田市内の寺院において『四部医典 ギュ・シ(4)』二部暗誦の儀式「ギュ・ニ(2)」を開催した(第289話)ギュは日本語でタントラと訳され神秘的な意味合いを帯びることがあるが、チベット語のギュには「古来より途切れることなく受けつがれてきた教え」という意味がある(注1)。したがって暗誦の儀式では本編の暗誦に先だち吉祥なる四部医典の伝承者系統礼讃経。「御加持の雨」とされるものを読経してギュを確認する。メンツィカン時代には毎朝学生全員で読経していた馴染み深いお経である。そして暗誦の儀式はその伝承の流れに入る資格があるか否かを聴衆に囲まれたなかで承認される通過儀礼であるといえる。

 

十方すべてにあますことなく吉祥があふれ、
三地の衆生の苦しみを消除するがゆえに
至高の化身、観音菩薩の化身の舞踊
薬師如来に献上いたします。

薬師如来の変化である智慧の聖仙
四部医典の偉大なる請願者である意生聖仙
アートレーヤ、ジーヴァカ(仏陀の侍医)、に
献上いたします。利他の光をいただかんことを。
(試訳 小川康 注2)

 

パドマサンババ パドマサンババ

薬師如来にはじまり次に智慧の聖仙、意生聖仙と続く。いわゆる神話の世界である。次にアートレーヤ、ジーヴァカ(仏陀の侍医)、龍樹など古代インドの伝説の世界へとつながり、四部医典を翻訳したヴァイロチャーナ、チベットに仏教を伝えたインドの聖者バドマサンババへと礼讃は続き、我々が歴史として実感できる距離へとようやく近づいてくる。そしていよいよ四部医典を完成させたユトク医聖が登場する。その後、多くの医聖の御名前を讃え、メンツィカンを創立したケンラブ・ノルプ医聖(第195話)の御名前で締めくくられる。その数は薬師如来から数えて41名に上る。こうして41名の御名前をゆっくり読み上げることで、はじめてチベット医学の歴史を実感することができる。それは西暦によって理解する歴史とは大きく異なることに気が付かされる。なおチベット語で歴史は(年)ギュ(系譜)という。
キリスト生誕を基準とした西暦に基づいて「チベット医学は八世紀に起源を有する」。または百進法に基づいて1300年の歴史を有すると称される。こうしてわれわれは頭のなかに歴史の数直線を想像し、俯瞰的な意識において歴史を一瞬にして理解することが多い(注3)。

医聖ユトク 医聖ユトク

500年前は1000年前の半分であると当然のごとく把握し、無意識のうちに進歩史観で過去を見つめてしまう。しかし考えてみればこうした数直線的な歴史認識は極めて近代的な手法であることがわかる。甲子園に代表されるように日本では60干支に基づく60周期で認識するか、もしくは「天明の大噴火」のように元号(天皇)の変遷において過去を認識していた。日本で西暦が採用されたのは明治以降、一般に普及するのは戦後のことである。チベットでも日本と同じく60干支が用いられ起源は1027年のインドに遡る。では、それ以前の人たちは過去の歴史をどのように認識していたのだろうか。たとえば万葉集には「いにしえにありけむ人も我が如か。三輪の檜原にかざし折りけむ(注4)」という句がある。万葉の時代に「いにしえに」と呼ぶその昔とはどんなイメージだったのか。答えのない問いはしばらく自分を古代へと誘ってくれる。

四部医典には古代または未来を認識する表現は存在しないが、最後に「相応しい条件を備えた医者一人一人がこの教えを受け継ぎながら途切れることのないように(結尾部第27章)」と祈願されている。つまり教えを受けついでいくこと「ギュ」こそがいわゆる「未来」の認識だったとわかる。だからこそ逆にいえば伝承者を一人一人認識し讃えていくことがチベット医学における「過去」つまり歴史認識であるといえる。このお経の最後はこのような偈で締めくくられる。

 

真心を雪の粉を重ねるごとくカルマを積み
偉大なる祈りと冷涼な渓谷によって
医学の教えの宝が保持され、さらに広がり
“利他の宝”という宴会を盛大に開催できますように。

 

僕はこの「宴会」という表現がなんともチベット的で好きだ。その意味ではギュは厳格な儀式でもあり楽しい宴会でもあるといえる。そんな緊張と高揚が入り混じった気持ちで読経を終えると、僕は目を閉じ四部医典の暗誦をはじめた。時計は13時30分を示し30名近い聴聞者が見守ってくれている。少し肌寒いけれど暖かい日差しが宗吽寺のお堂に差し込んでいた。

四部医典伝承者の絵解き図 中央はダライ・ラマ五世 四部医典伝承者の絵解き図 中央はダライ・ラマ五世

注1
ラダックでかつて開催されていた暗誦儀式は第181話ではギュと表現していたが、正確にはギュと原義を同じくするギュク(流れるように暗誦する)と呼ばれる。したがって正確には四部医典二部暗誦の儀式はギュクと呼ばれるが、ここではわかりやすくギュ・ニとした。なおギュ・ニという表現はチベット医学界では用いられていない。僕が日本向けに考案した独自の表現である。

注2
お経は四行九韻詩を一つの単位(ショロカ、日本語では偈と呼ばれる)として成り立っている(第221話)

注3
現在ふつうに使われる「紀元前」表示、つまりキリスト生誕から逆算するという斬新なアイデアは、18世紀ごろに普及した。中略 キリスト生誕はただの節目となり、紀元の前と後を共通の算術計算が可能な数直線とみなすようになった。
世界史への扉』(樺山紘一 朝日新聞社 1992 P31)

注4
わたしと同じように、昔の人もこの三輪の檜の枝を髪にさして楽しんでいたのかしら。 『万葉集の植物』(吉野正美 偕成社 1988)

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