第308話 ラツィ ~麝香~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

小さい頃、遠足といえばバスの酔い止めにみんな仁丹を持ってきていた。せっかく買ったのだからと、気分も悪くないのに小さな銀色の丸薬を口にすると清涼感のある香りが広がったのを覚えている。仁丹は甘草、阿仙薬、薄荷、丁子など穏やかな生薬が配合されていて医薬部外品にあたる。子どもには穏やかさがちょうどよかったかも。今回のテーマは「旅と薬」。


胡椒 胡椒

江戸時代、平和が続き、参勤交代により街道や宿場が整備されると旅も盛んになった。とはいえ現代のようなレジャー感覚ではなく、お伊勢参りや多賀参りなど信仰に根ざした旅が主であったという。旅のお土産には伊勢の万金丹、多賀の神教丸など、御当地の薬を購入したのは、荷物にならず、保存が効き、霊験あらたかで、帰路のいざというとき役に立つので一石数鳥であったろう。文化七年(1810年)には八隅蘆菴(やすみろあん)が『旅行用心集』を発刊し、旅の作法や知恵を紹介している。そのなかで旅の携行薬には熊胆(第217話)、胡椒、五苓散(水当たりによる下痢)、延齢丹(気付け薬)などを推奨している。胡椒は身体を温め下痢を止める効果があるとされていた。たしかにその小さな果実をかじると体全体が刺激される。

当時は南蛮由来の貴重な輸入品で、胡椒百斤(約6キロ)銀230匁(860g)であった。米一石(1000合。武士一人一年分の消費量)が銀60匁だったので、胡椒1.5キロと一年分の米が等価となる。米一合(茶碗二杯)で胡椒が約30粒となり、手が出ないほど超高価ではなく、庶民が旅の携行薬として重宝していたことが推察できる。
「この紋所が目に入らぬか!」という決め台詞とともに出される印籠の本来の役割は薬の容れ物である。実際にドラマのなかで水戸黄門さまが印籠から薬を取りだして与えるというシーンが何回かあったという。果たしてその薬はなんであったか。なにしろ水戸藩は医学に熱心で、元禄六年(1693年)には『救民妙薬』、現代でいうところの『家庭の医学』を出版している。


麝香の絵解き図 麝香の絵解き図

メンツィカン(チベットの医学大学)の名医ダワ博士は1989年にヒマラヤを徒歩で越えてネパールへの亡命に成功している。博士は亡命に際して病院の薬材庫から最高級の麝香を少量だけ拝借して旅に携帯したという。麝香は麝香鹿のホルモン袋のようなものである。麝香さえあれば腹痛、雪眼、疲労回復、打身など多岐にわたって効果を発揮するので、まさに万能薬であり、特に雪眼には効果があったと先生は興奮気味に語ってくれた。チベット語で麝香はラツィという。


牛黄 牛黄

 生薬研究の第一人者である故・難波恒雄先生(第94話)の携帯薬であり常備薬は最高級の牛黄(ごおう)だった。牛黄とは牛の胆石のことである。強心作用など優れた薬効を示すことから、確かに難波先生はいくら酒を飲んでも酔わなかったし、70歳にして駅のホームの階段を二段跳びで駆けあがったのには驚かされた。麝香、牛黄、熊胆など動物性生薬の利点は、極極少量で劇的な効き目を発揮することにある。

僕にとって旅といえば講演旅行。最近の携行薬は熊胆とケロリン(第247話)と六神丸。熊胆は二日酔いを予防するとともに下痢や腹痛にも効く。ケロリンは喋り疲れからくる片頭痛に備えてである。そして50歳を過ぎてから携行しはじめたのが六神丸である。麝香、牛黄、熊胆、蟾酥(せんそ)(第307話)朝鮮人参(第234話)、沈香、この六つの生薬からなり、いわばオールスター・ドリームチームといえる。若いうちは気にならなかったが、50歳に近づくと講演と移動の疲れが抜けづらく、ときに滑舌が悪くなる。そこで六神丸の出番である。芥子粒のような小さな丸薬を口に含むとちょっと痺れるのはセンソが入っている証拠。印籠を思わせる高級感のある小瓶は、ポケットに忍ばせておくのに都合がいい。心肺機能を高めることから高山病に効くことが予想されるが、けっこう強い薬なので、事前に服用して薬が身体に合うかどうかを確かめてほしい。ワシントン条約により昭和55年以降、麝香の輸出入は禁止されているために、国内備蓄が尽きれば製造は終わってしまう。いまのうちに是非お試しいただきたい。

 みなさんの旅の携行薬はなんですか。今度、オリジナルの印籠を携えて宿場を歩いてみたいですね。

六神丸

六神丸

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