第307話 ベーパン ~蝦蟇(ガマ)~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

かっこいい山伏になるための薬草講座 かっこいい山伏になるための薬草講座

2015年に戸隠神社で開催した「かっこいい山伏になるための薬草講座」。閃いたタイトルは我ながら面白いと思ったのだが、あいにく山伏は誰も参加してくれなかった。それでも30名近い方が参加してくださり、そのなかのお一人が終了後に話しかけてきた。75歳くらいだったろうか。「小さい頃、大阪の四天王寺で見た薬草講談を思い出しました。お寺に市(いち)が立つと薬草をズラッと並べて面白おかしく早口でしゃべりたてる講談師が必ずいたものです。いやぁ懐かしいなあ。えっ、小川さんはそのことを知らなかったんですか。」


戸隠にて 戸隠にて

この歴史的事実を知って嬉しくなったというかほっとした。2009年に帰国後、薬草に関する講演活動をはじめたものの、どこにも属さないピン芸人のような立場ゆえに、いつしかエンターテイメント性が悲しいまでに身についてしまっていた。「面白い」といわれれば悪い気はしないけれど、もう少し真面目で学術的な講座にしていかないと、大学など公的な機関からいつまでたっても声がかからないのでは、という悩みも(意外と)同時に抱えていたのである。しかし、この「エンターテイメント性」が日本の薬草文化と深い関わりがあり、日本の歴史的な流れに正式に位置づけられることを知ったことで、迷いが薄らいでいく切っ掛けとなった。

迷いが薄らいできたついでに、もっと深く学びたいと思いながら記憶の片隅に追いやられていたのだが、つい先日、『旅芸人のいた風景』という書籍のなかで、薬を大道芸とともに売り歩く香具師(注1)の姿に出会うことができた。

 香具師(やし)は古く江戸時代に源を持ち、主に次の5つを売りさばいていたとされる。
1.血をピタリと止める「蝦蟇の油」、2.不眠症を治すための催眠術の書物を売る「ミンサイ」、3.万病に効く薬の効能書きを売る「ノウドク」、4.目薬を売る「ガンヤク」、5.薬草になる高山植物を売る「トサンウチ」

なるほど、どうやら僕は5.「トサンウチ」に所属できそうである。トサンウチはたいてい山伏姿のおじいちゃんで、手には錫杖を持ち、時々その先に付けた鈴みたいな物を打ち鳴らし、子どもにはただの雑草にしかみえないようなものを講釈していたというが、おそらく「ただの雑草」ではなく、正確な民間伝承をもとに街の人たちにセンブリやキハダやオウレンなど薬草文化を啓蒙していたのではと推察している。そして「1970年代に入ると、プロの大道芸人は全国的に次第に消えていった。それでもまだ見られたのは、大阪の四天王寺、東京の浅草寺、長野の善光寺。この三つの大寺の春秋の彼岸会だけになってしまった」(前掲書)と記されており、冒頭の古老の証言と一致する。

薬草講談(2014年松本市) 薬草講談(2014年松本市)

 その他のミンサイ、ノウドク、ガンヤクはさておき、蝦蟇の油の効能にはそれなりの根拠がある。ある種の蝦蟇(注2)は外敵に襲われると耳下腺から猛毒の白い液を出して身を護る習性がある。棒で突いて刺激を与えると外敵と判断して液を出すので、これを固めたものが蟾酥(せんそ)と呼ばれる生薬になる。正倉院にも納められたほどの貴重品である。ものすごい収斂性とともに強心鎮痛作用があり、たとえば動機息切れの薬「六神丸(ろくしんがん)」に配合されている。小さな粒を舌に乗せるだけで痺れを感じる理由は蟾酥にある。したがって蝦蟇の油売りが大衆の面前で「さあ、さあ御立ち会い」と、鋭利な刀で腕を出血させてから油を塗ってピタリと止めるのは、仮にこれが本物の蟾酥ならば薬学的には不思議ではない。ちなみに蛙のことをチベット語でベーパンというが、『四部医典』に蝦蟇の油は登場しない。

絵解き図に描かれた蛙 絵解き図に描かれた蛙

ただし蟾酥が採取できるのは中国に生息する特殊な蝦蟇であって本物の蟾酥は高価で入手困難なはずである。名前の由来は蟾酥にあっても、おそらく大道芸人がお客に売りさばいていたのは毒にも薬にもならないワセリンもどきではなかったか。それでも「そんなトリッキーな商品で騙されても、笑い話で済んだ。祭礼という非日常の悪所的な時空では、軽く騙し、軽く騙されることも、その日の享楽に織り込み済みであった」(前掲書)というから、なんだかほのぼのする。日本の薬文化にはこうした大衆芸能的な要素も織り込み済みだったが、昭和46年以降、ますます厳しくなる薬事法(第184話)によって姿を消していくこととなる。とはいえ2022年現在、インターネットや新聞の下段広告には「痩せる」「痛みが消える」「○○水」など怪しい薬や高額の健康食品が溢れていることを考えると、騙し騙される薬の文化はどの時代も似たようなものに思えてしまう。

そういえば7歳のころ(1977年)、近所で風呂敷を広げてインチキ手品をしていたおじさんを思い出した。嘘だろうと思いながらもついつい50円で買ってしまい、家に帰ってすぐにインチキだと気が付いたのだが、なぜその日のことをこんなにも鮮明に覚えているのだろうか。

蝦蟇の油売り(筑波山にて)

蝦蟇の油売り(筑波山にて)

注1
香具師(やし)の語源には諸説あるが薬師(やくし)が妥当とされている。後に商品が薬とは限らなくなったことから、旅の行商人や遊芸民は総じて香具師とよばれ、香具師は互いに「ヤー様」「ヤーテキ」と呼んだ。このテキには仲間内の親愛の念が込められている。その「ヤーテキ」の倒語が「テキヤ」といわれている。

注2
蟾酥が採取できる蝦蟇は、正確にはシナヒキガエル、またはその近縁種とされる。

参考文献
『旅芸人のいた風景 遍歴 流浪 渡世』(沖浦和光 文芸春秋 2007)

コメントを残す

※メールアドレスが公開されることはありません。