旅のヒント●「薬草王国」ブータンの伝統医療と植物

bhutan_kiji013_01
ブータン国花、青いケシ「メコノプシス」

ブータンが「薬草王国」と呼ばれるわけ

ブータンはアジア大陸の中央部に位置する、九州とほぼ同じ面積のヒマラヤの王国です。標高はインド平原に接する海抜200mからチベット高原に接する7,000m以上までと変化に富み、亜熱帯から寒帯までの幅広い気候帯を有します。そのような地形から、植物相は世界でも稀にみる豊かさをもっており、ブータンの植物の60%が固有種といわれています。また国策として自然保護が徹底しおり、国土の70%以上が森林として現存しています。そのような恵まれた環境により、多くの植物が残された土地であることが薬草王国と呼ばれる所以です。


ブータンで見られる薬草(一例)

チョモラリ・トレックなどの高所ルートに咲く薬草(6月中旬〜7月)


チュムツィ・カルポ
セイタカダイオウ(タデ科)

ボンガ・ナクポ
トリカブト(キンポウゲ科)

チャグースクッパ
雪蓮花(キク科トウヒレン属)
都市周辺でもよく見られる薬草

グドゥ
キオン・黄苑(キク科)

ングルク
サルオガゼ(サルオガゼ科)

ツィタカ
唐辛子(ナス科)




伝統医療の専門家「アムチ」

bhutan_kiji013_02
脈診の様子

アムチとはチベット(ブータン)医学を専門とする医者のこと。しかしその役割は単にチベット民族の健康を担う「医師」としてだけではなく、同時に、険しいヒマラヤ山中から薬草を採取して製薬する「薬剤師」、祈りを捧げて御加持を込める「僧侶」、歴史や文学、歌などに精通した「学者」でもあります。これらの役割全てを担うことで民衆からの確固たる信頼を獲得し、古来よりヒマラヤ地域に根ざしてきた存在が『アムチ』なのです。
ブータンではアムチのかわりに、国語のゾンカ語で「ドゥンツォ」と呼ばれることもあります。


ブータンの医療事情

bhutan_kiji013_03
伝統的な医療器具

ブータンでは、最低限の医療と教育を国が保障しており、ブータン国内の病院では原則医療費が無料です。(特殊医療や従来の治療から新規設備費・材料費がかかる治療は有料です)
ブータンは伝統医療(チベット医学)と現代医療(西洋医学)の病院が、それぞれ存在し、共存しています。手術やより高度な医療を必要とする症例の場合は、近隣国のインド、タイへ転院、通院する場合もあるようです。また、観光客もブータン滞在中、無料で病院にかかることができます。
なお、国から保障されている医療、教育は、観光客がブータン滞在時に政府に支払う公定料金よってまかなわれており、観光収入はブータン政府にとって重要な財源となっています。


伝統医療と西洋医療 -どんな時に、どっちの医療を選ぶの?-

日本と同じように、急性の病気や外傷には現代医療(西洋医学)、風邪、下痢など軽い病気や、リウマチ、高血圧など慢性的な病は伝統医療(チベット、ブータン医学)にかかる傾向があります。とはいえ、ブータンではいずれの病院にかかっても医療費が無料のためか、医療の選択に難しいこだわりはなく、ともに尊重しながら共存しています。

伝統医療とブータン社会 -どういう人がアムチになるの?−

チベット語の読み書きに優れた学生が選抜されて伝統医学院で学び、卒業後は各県の伝統医療院に派遣されて地域医療に取り組みます。伝統医アムチ(ゾンカ語では、ドゥンツォ)はチベット仏教や薬草、暦学など、その名のとおり伝統に精通していることから、地域の学者としても社会に貢献します。その点が西洋医学の医者とは大きく異なります。

ブータンの伝統医療現場 -チベット本土、インド亡命社会にはない特徴-

ナンビ・メンカン
伝統医療院 ナンピメンカン

チベット本土(中国・チベット自治区)のチベット医学は中国と、チベット亡命政府側(インド・ダラムサラ)ではインド社会との融合が自然と進んでいます。こうした異文化に対する柔軟さもチベット医学の特徴である一方で、チベット仏教が国教で独自の文化を守っているブータンはチベット医学のふるさとのような存在です。
外圧がほとんどないためか、どこか肩の力が抜けた、おおらかな雰囲気が伝統医療院からも伝わってきます。


チベット医・アムチ

小川 康さんよりメッセージ

伝統医療に用いる薬草が豊富なのはもちろん、それだけでなく、多様なキノコ、ヤドリギのお茶、食材としてのランの仲間、染色に用いる草など、民衆の生活に根差した植物文化もブータンの隠れた魅力です。また、寺院の側に生えている木や、石垣の隙間から伸びる草、蝶々が羽を休める葉っぱなど、名もなき草木と触れ合うことで、ブータンの知られざる一面を発見できた気分になります。ゆっくりと歩きながら素顔のブータンと触れ合いませんか。

小川 康(おがわ・やすし)

小川さん

富山県出身。1970年生まれ。東北大学薬学部卒。薬剤師。元長野県自然観察インストラクター。薬草会社、薬局、農場、ボランティア団体などに勤務後、 99年1月よりインド・ダラムサラにてチベット語・医学の勉強に取り組む。2001年5月、メンツィカン(チベット医学暦法学大学)にチベット圏以外の外国人としては初めて合格し、2007年卒業。晴れてチベット医(アムチ)となる。「自然治癒力を高める連続講座(ほんの木出版)」 に『チベット医学童話タナトゥク』を連載。チベットの歌や踊りにも造詣が深い。2009年7月小諸に富山の配置薬を扱う「小川アムチ薬房」開店。