変わるチベット変わらぬチベット

文●中村昌文(東京本社)

2008年の北京オリンピックの前に、物凄い勢いで近代化を進める中国。その近代化は『西部大開発』の政策の下、中国の西南部にも押し寄せ、その象徴である、『青蔵鉄道』の開通 がいよいよ目の前に迫っています。チベットへ初めて敷かれる鉄道のレールはチベットをどう変えるのでしょうか? まだチベットへ行ったことのない方も、行ったことのある方も気になる話題をご紹介します。

鉄道乗り入れで変わるもの


ラサまで敷設されたレール、
建設中の建物はラサ駅の駅舎
(2006年5月撮影)

2008年の北京オリンピックを目前にした中国の経済発展は目覚しさはいまさら言うまでもないのですが、その波は、沿海地方のみならず、はるかヒマラヤの麓チベット自治区まで波及しているのです。
その最大の象徴が青海省の西寧とチベット(西蔵)自治区のラサを結ぶ『青蔵鉄道』です。全長約2,000kmを所要約24時間、平均標高4,000mを越えるチベット高原の永久凍土の上を走り、文句なしに世界で最高の標高を走る列車となる予定です。
ルート上では、チベット・ガゼルなど野生動物の宝庫・ココシリ国立公園や、長江の源流に迫る汰汰河を抜け、崑崙山口(4,767m)、タングラ山口(5,206m)などの峠を越え、アムドやナクチュの大草原地帯など青蔵高原のダイナミックな大自然を満喫しながら、チベットの都ラサへ快適に到着します。
この鉄道の開通により、それまで時間に余裕がある人たちだけに開かれていたゴルムド~ラサ間の陸路が短期間でも利用できるようになります。同時に、中国本土の大量 の物資が入り込み、人々の生活は豊かになるかもしれませんが、多くの漢族出稼ぎ労働者もチベットへ流入しチベットの漢化がますます進むとも言われています。
正式開通は2007年の7月の予定ですが、2006年7月から試運転が始まり、外国人の利用も認められる予定です。「これでチベットがどう変わるのか?」まずはご自分の目でご覧になってみてはいかがですか?

【追記】ついに走り始めた青蔵鉄道


青海鉄道のラサ河大橋

2006年7月1日より、ついに青蔵鉄道の試運転が始まりました。列車は北京から毎日、成都、重慶、蘭州、西寧の4都市から隔日で運行、所要は北京、成都、重慶からは2泊3日(約48時間)、西寧、蘭州からは1泊2日(約26~29時間)かかります。北京からラサまでは全長4,000km以上、青海省の西寧からチベット自治区のラサまでは全線1,956km、そのうち 960kmが標高4,000mを越えるという高原列車です。
青蔵線の区間では平均時速120kmで走行するそうです。かなりのスピードです。

ホームに停車しているチベット行きの列車


車両は、高度を考慮して車両内の気圧、酸素濃度を調整できる飛行機の機体のような高気密設計。また窓の上には酸素供給口があり、酸素濃度を高め、また各座席には緊急用の酸素マスクも装備されています。車内には医者も同乗、トイレにも緊急呼び出し用のボタンが設置されています。


酸素供給口

トイレには緊急呼び出し用ボタン



座席は硬座、硬臥、軟臥の3種類。中国の列車で硬座というと「汚い、混雑」というイメージですが、特別 列車しか走らない青蔵鉄道は、硬座でも清潔で、リクライニングしませんが、軟座並みの設備です。さらに上記の安全措置もとられていますので、宿泊せずにゴルムド~ラサまでの移動であれば、充分に楽しむことができるでしょう。

通常より高級感のある硬座


写真提供:中国和平国際旅游公司


変わらないチベットの心


摩崖仏と、巨大なマニ塚が
そびえるサンゲドゥンゲ

チベットに中国の沿海部のモノやヒト、文化が流入し、人々の生活がどんどん便利に変わってくると、古きよきチベットの文化は消滅するのではないか? という心配をする人もいるでしょう。でも、文化大革命でも変えられなかったチベット人の信仰心はそんなに簡単には変わりません。大きな僧院が人々の信仰の対象から、金の稼げる「観光地」になりつつあるのも現実ですが、同時にお寺の復興も進み、そこに篤い信仰を持った人々が集まってきているというのもまた事実です。

例えば、風の旅行社のツアーで取り入れた、チャクポリ(薬王山)の裏手にたたずむ巨大な祠「サンゲ・ドゥンゲ」はラサ市内にありながら、そこに住むチベッタンや巡礼者が日々お参りに訪れ、巨大なマニ(経文の刻まれた石)塚がそびえ、タルチョ(祈祷旗)がたなびき「これぞチベット」のムード満点です。
そこからポタラ宮に延びる巡礼路もラサを訪れるチベット人巡礼者なら誰もが歩く道ですが、観光客の姿はほとんど無く、ラサはチベット人にのっては今なお「観光地」ではなく「巡礼地」なのだということを知ることができるのです。

また、ラサ市内を少し離れると、文革などで破壊の限りを尽くされたガンデン寺、サムイエ寺などの名刹もしっかりと復興し、周辺のチベッタンだけでなく、遠く地方からも巡礼者がやってきて、チベットらしい景色の中にたたずんでいます。


デプン寺のショトゥン祭で
掲げられる巨大タンカ

また、毎年開かれるデプン寺のショトゥン祭やガンデン寺のシウタン祭、ダムシュンの競馬祭などは、近年は大量の観光客も訪れるようになりました、しかし、やはり観光客よりも地元のチベット人たちのほうがもこの日を心待ちにしていることは間違いないでしょう。案内をしてくれていたガイドが突然、タンカのご開帳とともに五体投地で礼拝を始めたりすると、普段から外国人と接して、より近代的なものに触れている彼らでさえも信仰を大切にしていることに気付き、よく見れば、まだまだ伝統はしっかりと彼らの心に残っていることを知るのです。

チベットの郊外へ

ラサ周辺は確かに近代化が進んでいますが、少し郊外に出ればあっという間にチベットらしい大草原、雪山が広がるチベット高原。ラサの北方には4,700m の高原に浮かぶナムツォ湖が、中央チベットの主要都市シガツェや、ギャンツェ、世界最高峰エベレストを望みネパールのカトマンズへ抜ける中国~ネパール(中尼)公路沿いの街は道路状況も良くなったとは言え、まだまだ厳しい大自然への畏怖を忘れぬ人々が暮らしています。時間が許せば奥地へ、そしてインド領となっているラダックやネパール領のムスタン、ドルポなど、特にチベットらしさを残す地方へ出かけるのも良いでしょう。
しかし、ラサの街でもその周辺でも良く見れば昔から変わらないチベットがそこにあるのです。
初めて訪れる方も、既に行ったことのある方も、今年の夏、チベットを訪れてみませんか?「変わりゆくチベット」と「変わらないチベット」、あなたはどちらをそこに見出すのでしょうか?