第28回●「ソロ・マルポ」宇宙旅行の常備薬

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

紅景天と同じ仲間のツェン 薬には根を用いる

初めてラサを訪れた2004年の夏、空港から街に到着すると僕は真っ先に「紅景天ドリンク」を購入して高山病に備えた。当時の値段で10アンプル28元、これが安いのか否かはいざ知らず、やはりその夜、強烈な吐き気と頭痛に襲われたので効果は無かった、なんていうと次回からビザがもらいにくくなるかもしれないので、翌朝には頭痛も消えすっきり爽快、やっぱり高山病には紅景天(ソロ・マルポ)だね、とCMを打っておくことでお許し願いたい。

ソロ・スクダ・ロイ・ツェパ・セル
ソロとスクダ(アブラナ科)は肺の熱を取り去る 
『四部医典』論説部第二十章

しかし果たしてこれがチベット医学による処方かと問われると疑問で、なぜなら教典には高山病なんて記述はないし、考えてみればチベット人は峠でも越えない限り高山病とは無縁のはずである。教典の記述も抽象的で的を射ていないものの、最近の科学的調査により肺の酸素交換機能を高めるという素晴らしい結果がもたらされている。でもそんな素晴らしい薬草を現地の人が日常的に用いることはなく、チベット薬の一部で用いられる以外はほとんど見向きもされなかったのが実情である。したがって紅景天による村おこしにより一時的に誰かしらが潤ったものの、その代償として紅景天は一気に激減してしまった。写真はソロ・マルポの代用として認められているツェンという同じベンケイソウ科の薬草で、こちらはラサ市内のあちこちで見かけることができる。実際、本家と代用品でどれだけの差異が認められるか知らないけれど、ここは本家を守るためにもツェンに犠牲になっていただいてはどうか、と酷なことを考えている。ごめんね。もっとも、みなさん風の旅行社の指示に従っていれば大丈夫ですから、と書くとやはり紅景天の売り上げが落ちるので、ここは驚くべき噂を公表せねばなるまい。なんと旧ソ連宇宙飛行士の保健食として採用されていたのだという。歴史の深さと重み、伝統の名の下に宣伝されている紅景天が、一方では最先端技術の象徴でもある宇宙飛行士のお墨付きも同時に得ているとは、なんとも上手く立ち回っている、いや、すいません、さすが素晴らしい。もしかしたら風のプレミアムツアーで宇宙旅行が実現するかもしれないので調査しておく価値はあるだろう。

タルプ(グミ科)

ちょっと待ったー!ここで突然、ラダックで幅を利かせている果実タルプから激しい横槍が入った。なんでも我こそは真の宇宙保健食としての実績があるというのだ。こちらも旧ソ連時代に用いられたと主張しているが、果たして本物はどちらなのか、ガガーリンさんに尋ねてみる他はあるまい。「地球は青かった」の名言の後にグイッと飲んだ・・かもしれない薬草ドリンクはどちらですか?もっとも、どちらもスターリンに懸命な売込みをしたという歴史的事実は残されておらず、両方とも、シベリア平原のどこかで採取可能とのこと。とはいえ最初に切っ掛けとなる何かしらの情報があったはずだが、それは果たしてチベット医学によるものなのか否か・・・。これ以上は、最近、僕のトレードマークとなったハンティング帽をさらに目深に被りモスクワへ潜入して探索するしかあるまい。

タルプ・ロ・コ・タクジュ・ベーケン・チュ
タルプは肺の病を掘り出し、血を溶かし、粘液を断ち切る。
(同上)

ラダックの州都 レーで見つけた広告

直径5ミリほどの黄色い果実はレーベリー・ネクターとして北インドを中心に流通し日本ではサジーの名前で知られている。宣伝文句は豊富なビタミンで大変甘く仕上がっているが、生の実は顔をしかめるほど酸っぱいためにこちらも現地の人には意外と用いられていない。ということで糖分がかなり加わっているためダイエット中の方にはお勧めできない一品。しかし、ここでタルプの神秘的な効力を裏付けるマル秘情報をお教えして許しを請う次第である。チベット薬には水銀の浄化法という秘術が古代から受け継がれており、ここでタルプは頻繁に用いられているのだ。「どうだ凄いだろう!」と持ち上げる一方で、筆者は大学に提出した論文において水銀薬の有効性に疑問を投げかけ、先生と授業中に大喧嘩になったこともあると告白せねばなるまい。

さあ、あなたは紅景天とタルプ、ラサとラダック、どちらを選ぶ?この究極の疑問を解決すべく、今年の夏、ラサ駐在と飯田氏(ラダック駐在)に毎日服用してもらい、後日特別企画としてマラソンで代理戦争してみてはどうでしょう。風の公認飲料の座を巡って、今年、両駐在員の肺が熱い!なんてわけないか。