第37回●「セドゥ」ペルシアからの贈り物

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

セドゥ(ザクロ)の花 撮影ダラムサラ

ここダラムサラで8年間暮らし、すっかりチベット社会に馴染んだつもりだったけれど、こうしてアムチ(チベット医)として働いていると、社会のさらに深い側面に触れることができる。
一ヶ月間のハンガーストライキで胃の調子を壊してしまったお坊さん。1994年のインド人の暴動(第29話参)に巻き込まれて、いまもトラウマに襲われているお父さん。インド軍の演習中に落下して腰が曲がってしまった若者。実はインド軍のなかにチベット難民兵が多数いることはあまり知られていない。身寄りのない末期癌の尼僧。三年三ヶ月の瞑想半ばにして精神を少し病んでしまった修行者。咳をしながら来院する結核患者。水銀薬の浄化中に気分を悪くした製薬工場の職員。仮病を使って病院の診断書をもらい学校をさぼろうとする若者。「アムチさん、バイクの後ろに乗っていきなさいよ」と患者から嬉しい声を掛けられることもあれば「1000ルピー貸してくれ」と悲しい声を聴くときもある。それはまだしも子供に向かって「言うこと聞かないと、日本のアムチが大きな注射を刺すわよ」と社会の悪役にするのだけは止めてほしい。
そうして2ヶ月が経過した4月のある日、僕の指導医が席を外したとき、診察室に患者が飛び込んできた。
「ねー、あなた脈を診てくれるんでしょ。お腹が急に冷えちゃって痛むのよ。」
あまりの勢いに「先生が来るまで少しお待ちください。」という口上も忘れて、僕は女性の手をとって脈を診ることにした。おめでとう、君が記念すべき僕の第一号の患者さんですよ、と告白すると不安になるだろうから黙って心の中で記念式典を催した。とりあえず不整脈はないし、脈が亢進もしていない。チベット医学では脈だけであらゆる病がわかると外国には紹介されているが、少なくとも僕にはそんな神秘の技は不可能なので「脈、つまり心臓に特に異常はありませんよ。」と正直に告げ、そのまま脈を診るふりをしながら問診に入る。そして少し考えたあと、胃の熱を高める定番であるセドゥ(ザクロ)五味丸を処方してあげた。ザクロにシナモン、カルダモン、ナガコショウ、生姜、と僕好みの薬草ばかりが配合された、口に優しいお勧めの一品である。

セドゥ・ポウェ・ネ・ナム・マルー・ジョム/メトゥ・ケ・チン・ベーケン・ダンネ・ジョム
ザクロは胃の病を全て癒し、胃の熱を生み、ベーケンなど寒性の病を打ち壊す。
四部医典論説部第20章

セドゥ (ザクロ・バラ科)

ザクロは医学教典の中で最初に登場し、現在、チベット薬の中で最も汎用される生薬の一つである(150種の丸薬中30種に配合)。「良薬口に苦し」が多数派を占めるチベット薬の中においてザクロの薬は甘酸っぱさを備え口に優しいことから、保健薬のように常用しているチベット人も多い。また、ラピスラズリに輝く伝説の医薬城タナトゥク(第23話参)の南側の山に、たわわに実っていたと記されていることから薬師如来も大好物だったかもしれないという空想がよぎる。

伝説の医薬城タナトゥク

ザクロの生薬名は石榴。その名前は原産地の安石国(ペルシア)に由来している。現にイランでは現在でもザクロが食事にふんだんに盛り込まれているという。チベット医学はインド、中国に加え、ペルシア医学の影響も受けて成立したとされることから、もしかしたらこの薬はペルシアからもたらされたのではという仮説が浮かんでくる。とはいえ、いたずらに考古学的考察をしたところで実証することは不可能だろう。しかし、少なくとも、今現在、遠く離れたペルシアとチベットの二つの地方でザクロが文化に根ざし、古代ペルシアのメソポタミア文明ではラピスラズリが珍重されていたというのは不思議な共通項なのである。たとえばチベットと日本の国旗(第33話参)と数字が似ている(チベット語で2はニ、4はシ、9はグ、10はチュウという。)ように、一見、関連性のない遠く離れた場所に近似した文化や単語を見出すことは珍しいことではないが、それらの複雑なクロスワードを丹念に解き明かし、医学のルーツを探っていく過程において、ザクロは最も大切なキーワードとなると思っている。

神秘の脈診は僕にはとてもできないけれど、その代わりに患者一人一人の歴史に向き合い、日本人として社会に深く入り込んでいくことはできる。そして遠い未来において、チベット医学の中に微かな日本文化の痕跡を誰かが見つけてくれたらと願っている。
  

参考 『メソポタミアの王・神・世界観』 前田徹著 山川出版
   『薬の文化誌』 松井壽一著 丸善ライブラリー
   『チベットの精神医学』 テリー・クリフォード著 中川和也訳 春秋社

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