第50回●「ペマ」観音様との再会

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ペマ(蓮)。 ダラムサラ近郊のタシジョン寺にて撮影。

2008年6月1日仙台。2時から開催される講演会を前に青葉山に拡がる母校・東北大学薬学部キャンパスを散策して心を落ち着かせた。すると当時は気がつかなかった多くの薬草が僕を出迎えてくれた。あれ、ここに桑の木が生えていたんだ。こんな身近にオオウバユリがあったなんて知らなかった・・・。そんな新鮮な感動を覚えつつ懐かしい校舎の裏手に回ると思いがけず観音菩薩像に再会した。そういえば年に一度、動物実験で犠牲になった霊を鎮めるための慰霊祭が行われていたっけ。もちろん当時も可哀想という気持は確かにあったけれど、こうして振り返るとあまりにも無邪気だったと言わざるをえない。とはいえ動物実験に反対するつもりは毛頭ない。そしてチベット人社会で何年暮らそうとも、自分が無宗教であることに変わりはないけれど、今こうして心が痛むのを感じると告白すると「やっとオガワも分かったか」と彼らから、したり顔をされるので絶対に言わないでおこう。大切なことは経典や言葉ではなく、一緒に生活する中で伝わった。

仏前に捧げるユンチャブ

メンツィカンの学生は毎朝、仏前にユンチャブという水を供える。七つの御椀の水を捨て、布で拭き、また新しい水を注ぐという一見、無意味な儀式の中に、神聖なものを感じると同時に、心を落ち着ける瞑想のような役割も果たしているのかも、と解釈している。こんど誰も見ていないときにこっそりやってみよう。意外と楽しいかも。
朝夕7時からの読経では多くの生徒は五体投地を三回してから席につくけれど、天邪鬼な僕はそんな敬虔な仏教徒たちの前を、わざとヤル気がなさそうに欠伸をしながら通り過ぎたものだった。でも本音をいうと、効果的なストレッチで腰にいいかも、とウズウズしていたことから、卒業後、ヨガを始めてしまった。

朝夕の読経。手前の空席は筆者の場所。

仏典は必ず腰より上に捧げて持たねばならず、中には肩に担ぐように持ち運びする生徒もいるのには頭が下がる。また、仏典に限らず本を床に落としてしまうと「ごめんなさい」と本を頭頂に当てる風習があるのだが、いつの間にか身についてしまい、うっかり日本でやってしまったときはチベット仏教の軍門に下ったようで悔しかった。
「チベット医は毎朝、診療を始める前に薬師如来の真言を唱え、心を清めているというのは本当ですか」と日本人から質問され「馬鹿らしい。そんなロマンチックなこと実際にやってるわけ・・・」といいかけてはっと気がついた。そういえば毎朝、診療前に30分間、薬師如来のお経を唱えてしまっているよ。なんてこった、これしきのことで愛すべき俗物根性が清められてたまるか。
授業中、鳥が虫を捕まえようとしているのを見て、さっと立ち上がり鳥を追い払ったときの誇らしげなこと。あーあ、鳥さんお腹すいていたんだろうなあ、と間違っても声に出してはいけない。ところが、最近、蚊を叩かずに追い払うようになった「やさしい」自分がどこか情けなく感じる。しかし自衛隊が掲げる専守防衛に倣い、自分を刺した蚊に対しては容赦ない攻撃を加えることにしている。
「オガワ、輪廻転生を信じるのか」と定番の質問をされようものなら「来世よりも、次の試験のことで頭がいっぱいだよ」と喧嘩を売ってしまうのは我ながら子供じみている。しかし、心の奥深くでは前世はチベット人ではないのかと感じつつ、いま、ここで精一杯学ぼうとしている自分がいる。

東北大学薬学部校舎の裏に鎮座する 観音様(実験動物慰霊碑)

観音様がいったい何なのかさえ知らなかった学生時代から20年。仏教への反抗期はいまだに続いているけれど、悔しいことにチベット人の風習が伝播してしまっている自分がいる。蓮の花(ペマ)に出会えば、すぐにこれが観音様の象徴だと心に浮かんでしまう。どんなに否定しても、いや、もしかしたら頭で拒絶するほど、心と体が反作用でそれらを受け入れてしまうのかもしれない。悲しいまでの天邪鬼。

「観音様、その昔、たくさんの動物を実験の名の下に殺めました。彼らの命が無駄にならないようこれからも薬の勉強を続けます。でも、決して仏教徒になったわけではありません、あしからず。あと、今日の講演会が盛り上がりますように」
僕は手を合わせて祈りを捧げると心を切り替えて、講演会場がある仙台市内へ向かって下山を始めた。

追記
仙台講演の様子は、現代農業増刊8月号で紹介していただいています。
是非ご一読ください。

小川 康 プロフィール