第63回●「ケンパ」開店、小川アムチ薬房

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

2009年4月15日、日本を離れてから十年、ようやくチベット医・アムチの資格を得て帰国の時が訪れた。しかし、残念なことに現代文明はまだ滅びておらず、大地に根ざしたチベット医学の出番はまだやってきてないようだ。ましてやチベット薬は日本では薬事法の関係で処方できない。ならば、この現代においてアムチとして何ができるのだろうか、と立ち止まって考えてみる。いま、日本で自分にしかできないことは何か、と、もう一度じっくり考えてみるも結論はでない。そうして富山の実家でのんびり過ごしていた4月27日、突然、富山の売薬をやろうと閃いた。もしかしたら久しぶりに食べた寒ブリ、甘エビ、ホタルイカたちが僕の深層心理に働きかけたのかもしれない。「おい、富山のブランドって最高だぞ」って。もっともすでにエッセー第27話において、チベット医学と富山の売薬には多くの共通項があることはすでに述べていたものの、まさか夢物語が現実になるとは、文字通り夢にも思っていなかったのが本音である。

そしてゴールデンウィーク開けに富山県庁へ出向き売薬をやりたい旨を伝えると、翌日、すぐさま地元新聞とテレビ局から取材依頼がやってきた。まさに時は 6月1日に施行される薬事法大改正により薬業界、特に売薬業界には激震が走っており、地元では特集番組や連載が組まれている真っ最中だったのである。とはいえ浦島太郎に近い僕はそんな転換期だとはいざしらず、売薬界を救う救世主というよりは、あえてこの難局に売薬を始める奇特な人として県民には映ったことだろう。

5月15日北日本新聞朝刊

「チベット医、売薬さんに」
北日本新聞5月15日の朝刊にこのタイトルが大きく踊った。まだ何も実績を残していないのでかなり面はゆい。ましてや薬事法改正による登録販売者制度(※)によって薬剤師がいなくても小売店で薬が扱えるようになり、薬の空白地域はほとんど埋め尽くされてしまうことは想像に難くない。だから売薬は消え去っていくというのはもっともな話である。とりまく状況はすべてが厳しい。しかし、それでもまだ山奥のどこかに売薬さんを待っている老人がいるかもしれない。チベットの話を聞きたい人がいるかもしれない。京都や小諸ではあえて人力車に乗る人がいるように、レトロ感覚の薬を求める人たちがいるかもしれない。アムチがチベットの文化の中でこそ成立し体現している存在ならば、売薬は富山を中心とした日本の文化の中で成り立っている無形文化財なのではなかろうか。東洋医学が大自然の中から生まれたならば、大地を歩いて大自然と一体化しようではないか。伝統医学が伝統文化とともにあるならば、文化を学び語ろうではないか。常に生きることの根源と結びついていれば滅びることはない。それを教えてくれたのは十年間ともに暮らしたチベットの人々だった。

そして長野県小諸市で開催した講演会が縁で6月3日より小諸に住むことになり、ここから「小川アムチ薬房」を始めることになった。畑に薬草を植え、田んぼを作り、薬草を採ってきて薬草茶を作り、ヨモギで草餅を作り、草木染に挑戦している。同時に積極的に地域の人々と触れ合いつつ小諸の街に溶け込もうと努力をしているところである。小諸は長年住み慣れたダラムサラと同じように高地で涼しく坂の町で、ヒマラヤのように薬草に富んでいる。なによりも小諸に限らず日本にはヨモギ(チベット語でケンパ)がなんと豊富なのかと感動させられる。日本にいては水の豊富さ同様にその有難さが実感できないが、お茶、浴剤、食材、染色、と八面六臂の活躍をするこの優れた薬草は外国では非常に希少なのである。その昔、秦の始皇帝の時代、不老不死の薬を求めて徐福は蓬莱の国へ旅立ったとされるが、蓬莱の国とは蓬(ヨモギ)が豊富な日本を意味しているのでは、という説があるのも頷ける。まずはヨモギを手始めに「自ら薬草を採取し、心を込めて加工し、患者に渡す」という僕の理想像を、引き続き日本でも実践せねばなるまい。それこそがアムチとしての最大のアイデンティティーであり“誇り”なのだから。

究極の夢はノーベル医学賞受賞。どんなに医学が発達しても病は消えず、薬の種類は増えていく。そこに「歩く」「手をかける」「心を込める」「医療の輪を知る」という普遍的な付加価値の発見により病と薬のイタチごっこに終止符を打つことができたこと。現代医療と伝統文化の融合により、医師と患者との信頼関係に劇的な改革をもたらしたこと。この二点が受賞理由。受賞者は売薬を創始された越中富山藩二代目藩主・前田利甫公(17世紀)と、チベット医学を創始されたユトクさま(8世紀)。たいへん申し訳ないのですが、僕が御両人に代わってストックホルムでスピーチをしてきます。チベットの伝統衣装チュパを羽織り、背中には柳行李を背負って。そんな馬鹿げた空想にふけりながら大地を踏みしめて一歩一歩、歩き始めたいと思っている。


当店では昔懐かしい薬を主に取り扱っています。
また配置薬で販売する以外、
薬を直接販売することはできません。

初めて作った草餅。
見た目はともかく美味しかったです。


※登録販売者制度
薬事法の改正により登録販売者試験に合格すれば、副作用のおそれが強い一部の薬を除き薬剤師でなくても店舗で販売できるようになった。試験は都道府県ごとに実施し、医薬品の特性と基本的知識などから出題される。受験には一年以上の実務試験が必要で正解率七割以上が合格ライン。

配置薬、講演を御希望の方はお電話にて御連絡ください。ただ、現状におきましては一人で回れる範囲にも限界があることから、小諸周辺の東信州地域、富山県の西部、東京の都心部、に限らせていただいております。講演会は小中高、大学、お寺、公民館、企業研修など全国どこへでも出かけますので、お気軽に声をかけて下さい。もちろん年に数度は第二の故郷ダラムサラへ渡って風の旅行社のガイドを引き続き務めますので、こちらにも是非お越しください。

詳しくは →  小川アムチ薬房

過去の講演実績、演題(一部) 2004年〜2009年 敬称略
・参天製薬、大塚製薬、千寿製薬「チベット医学講座」
・慶応大学経済学部「チベット医学が現代に貢献できること」
・島根・西方寺「豊かな医療とは〜生老病死から見たチベット社会〜」
・ジャスト・ドゥ・イット(ビリヤード場、レストラン経営)「Ten years in Dharamsala 〜異民族の中で得た信頼〜」
・日本青年奉仕協会「チベット問題を考える 〜報道の現実と限界〜」

※6月25日(木)26日(金)東京外国語大学にて、講演会とワークショップを開催します。

小川 康 プロフィール