第83回●ダルハウジー ~もう一つのチベット街~

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa083_1ダルハウジーの学校

9月27日、チャンバ(第81話参)を後にすると、バスで2時間離れた街、ダルハウジーを目指した。ここにも亡命チベット人の居住区があるというので、一度、見ておこうと思ったのである。標高2000メートルの街の雰囲気はダラムサラとよく似ている。しかし街外れにある居住区は思ったよりも小さく、200人ほどのチベット人が寄り添うように暮らしていた。

tibet_ogawa083_2ダルハウジーのカーペット工場

居住区の中心に大きなカーペット工場があり、これが唯一の産業だという。観光バブルで一気に発展したダラムサラとは違い(第29話参)、まだまだ難民としての質素な雰囲気が漂っている。その証拠に外国人の訪問がよほど珍しいのが、僕がチベット語を理解できるとも知らずに、みんな好き放題、無防備に僕の噂をしているのが聴こえてきた。


そういえば仲がよかった同級生のロブサンはこの街の出身だ。彼はいま、遠く離れたインド東北部の分院に派遣され、新米アムチにも関わらず名医の評判がたっているとダラムサラで耳にした。なにしろこんな小さな居住区である。「アムチ・ロブサン」と尋ねるだけですぐに「あー、両親があの部屋にいるから訪ねてみな」と親切に教えてくれたけれど遠慮しておいた。そして、今度、彼に会う機会があったらダルハウジーの話で盛り上がろう、と心に秘めて街を後にした。

tibet_ogawa083_3マジュヌカティラ

それから2日後の9月29日、デリー北部にあるチベット人居住区マジュヌカティラで、日本へのフライトまでの時間を過ごしていた。ここはチベット人が移動の中継地点として用いる街で、軒並みチベット人経営のホテルが並んでいる。もともとはチャン(チベットのお酒)の製造地としても有名だったことから、昔を知る人にとっては風紀の乱れた場所というイメージが強いようだ。実際、薄暗く細い路地はあまり雰囲気がよろしくない。


そんな路地を歩いていたとき、なんと、ロブサンが荷物を担いで向こうからやってくるではないか。いや、はや、驚いた。なんでも両親がデリー経由で南インドへカーペットの行商に出かけるので、わざわざデリーに出てきたのだという。彼は両親をデリー駅まで送り届けると、すぐさまマジュヌカティラに戻ってきてくれ、早速、ダルハウジーの話題で盛り上がった。

「ところで、分院では随分と活躍しているそうじゃないか。噂を耳にしたぞ」
すると彼は謙遜するでもなく嬉しそうに話はじめた。
「ああ、充実した毎日を過ごしている。俺が赴任してから患者は1.5倍に増えて、遠くの街から噂を聞きつけてやってくる患者もいる。そういえば日本人の患者がきたとき、オガワを知っているかと尋ねたけど知らなかったぞ」
「そりゃそうだ。当たり前だろ。それはそうと、どうだ、脈診の腕も上がったのか」
「もちろん脈だけで全てが分かるわけじゃないのはオガワも知っているだろう(第49話参)。でも、そう思い込んでいる患者が多いのも事実だ。そんなときはこう諭すんだ。『私たちの目的は病を言い当てることではなくて、治すことです。あなたを幸せにすることです。ですから、まず、どこが病んでいるかを教えてください。そのほうが確実に治療をできますよ』と。それに西洋医学の診断書も読めるようになったんだ。みんなレポートをどっさり持ってやってくるからな」

tibet_ogawa083_4僧を脈診するアムチ

学生時代は総じて“全てを見通す脈診の神秘”に憧れるが、実際の現場に出ると次第に現実的な思考を持つようになる。彼の脈診に対する柔らかな否定の仕方に“神秘”という誇大広告を必要としない、真の自信を感じ取ることができた。若さゆえのみなぎる活気が患者からの信用につながっている。そのとき、羨ましい、と、今までは決して抱くことのなかった感情が自分の心に芽生えた。正直なところ、僕は文化や学問、そして薬草学としてのチベット医学に興味はあったけれど、それに比べると医療の現場には特段、関心を抱いていなかったといえる。そんな僕の心に初めて変化が生じたのである。その表情を感じ取った彼は僕に厳しい口調で語りかけた。
「オガワはなんでもっと患者を診ないんだ。お前は俺と一緒にギュースムも達成したじゃないか(第24話参)。ダラムサラでいくら研修したって前に進まないぞ。1人で病院を背負ってみろ。指導医のもとでの研修経験なんてゼロに等しく感じてしまう」

3時間近く、お喋りをしただろうか。何か困ったことはないのかと最後に尋ねると、本当に嬉しそうに困った顔を浮かべた。
「患者がよく『うちの娘をもらってくれないか』と写真を持ってくるんだ。チベット人もネパール人もいる。それがみんな可愛くてさ。でもそんな気はサラサラないから本当に困っちゃうよ」。
これ以上、羨ましい表情を悟られまいと、じゃあ、と握手をして彼と別れた。3日後には分院に戻るという。赴任後、はじめての長期休暇だったというから、多くの患者が首を長くしてアムチの帰りを待っていることだろう。僕も患者が殺到するくらいアムチとして頑張らねば。

ダルハウジーへの旅が彼との偶然の出会いをもたらしてくれたような気がしている、そんな目に見えない縁起を感じつつ夜9時、デリー空港を飛び立った。