大リーグでイチローが大活躍した2004年。このとき8歳だった日本の少年たちの多くがイチローと同じように右投げ左打ちに憧れた。昨今、甲子園の高校野球で右投げ左打ちの選手が突然、多くなったのはイチローの影響ではないかと、スポーツ雑誌Numberで論説していた(注1)。思春期のちょっと手前、無条件にものごとを受け入れ、柔軟に変容することが可能な8-10歳の体験が、他のどの年代における体験よりも、本人の思考形成に強い影響を及ぼしているのかもしれない(注2)。そういえば、僕の思考も8-10歳のときに夢中になったテレビ番組の影響を強く受けているような気がしてきた。
一つ目は宮崎駿監督『未来少年コナン』だ。土曜日の夜7時半から放映されており、夢中になって視ていた。高度な文明が滅びたあと、少年コナンが大自然のなかでたくましく生きていく物語である。僕は講演会で「無人島に辿りついたら薬を作ることができるか」。「石油や電気の文明が無くなったあとに薬を作ることができるか」という空想命題をよく投げかけるが、これは間違いなくコナンの影響を受けている。
二つ目は『大草原の小さな家』(注3)。こちらは土曜日の夕方6時、他に視るものがないので、なんとなく視ていた記憶がある。アメリカの開拓時代、チャールズ(父)、キャロライン(母)、メアリー(姉)、ローラ(妹)、のインガルス一家が寄り添いながら荒野を開拓し生き抜いていく物語である。そして、いま、振り返ってみると、僕がチベット医学に憧れた原風景は、インガルス一家の開拓精神に行きつく。そう、僕はチャールズのように大自然のなかで、たくましく、みんなと助け合って生きてみたかったのだ。
1980年のこのころ、日本もアメリカも1960、70年代に起こった公害問題の反動で自然回帰的なドラマを視聴者が求めていた時代だったようだ(注4)。そして、1980年当時の社会世相は15年後に僕を信州の農村へ、さらに20年後にチベット医学へと導いていくことになる。事実、インド・チベット社会での生活はちょうど僕の希望にあっていた。電話がなく、停電があり、水が不足し、モノに溢れていない社会。「大自然のなかで生きたい」「ゼロからはじめたい」というシンプルな理想が僕の根底にはいつもある。誤解を恐れずにいえば、チベット医学や薬草はそのための手段の一つであったといってもいい。
そして、もう一つ、『8時だョ!全員集合』を忘れてはいけない。いかりや長介さん(あえて敬称)はオープニングで、いつも舞台の最前列に立ち「オーッス」と子どもたちに声をかける。あの姿が僕に大きな影響を与えていることに、いまになって気がついた。確かに僕は講演会において、いつも最前列に立ち、演台なんて使わずに会場の人たちに向かい合う。レジュメもパワーポイントもなにも使わず、ほぼ、アドリブで参加者と向き合う僕の原点はここにある。事実、いかりや長介さんが亡くなったとき、思いがけないほどの喪失感に襲われてしまったのを覚えている。
8歳(ロ・ゲー)の子どもたちの体験が、10年後、20年後の社会を形作っていく。だから、「森のくすり塾」のワークショップに小学生が参加してくれると、大人たちには申し訳ないが、自然と彼らに気持が向いてしまう。自然のなかで薬を作る体験が、未来の医薬を創っていくことを期待してしまう。山の中から探してきた石で薬草を磨り潰すだけでいい。夢中になって薬草を探してみるだけでいい。薬草の苦味に顔をしかめてみるのもいい。森のなかで、友と語らい、笑うだけでもいい。それが、どんな未来につながっていくのか具体的にはわからないけれど、きっと「いい感じ」に影響していくと思う。森や自然にはそんな曖昧な期待感を抱かせてくれる「なにか」がある。
たとえば20年後、病院の待合室には手作りの薬草茶が置いてあったら素敵だなと思う。その薬草茶は医者や看護師などスタッフが休日に森で採取したものだ。キノコや薬草のことで分からなかったら街の薬局に気軽に相談にいける社会になったらいいなと思う。薬草を介して医療者と患者が触れ合い、信頼関係を築くことができる。森のくすり塾はそんなささやかな20年後の夢を描いています。
注1
参考WEBサイト Number Web
注2
悪い例では、日露戦争に勝利した1905年、そのときちょうど8歳前後だった少年たちが後に軍幹部となり、無謀な太平洋戦争へと導いていった事例があげられる。(参考 文藝春秋)。
注3
原題は「Little house on the Prairie」。日本では1975年から1982年にかけて放映された。西部開拓時代のアメリカ(1870年代から1880年代にかけて)を舞台にしている。
注4
ほんとうは『北の国から(1981~1982)』を挙げたいが、悔しいことに当時、富山県では放映されず、「すごく面白いドラマがある」という噂のみが富山県には流れてきていた。
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