第273話 ラマ ~上師~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

アチェンガル・ゴンパのアソン・リンポチェチベットの高僧(カム地方)

メンツィカン入学試験(第15話2001年)の第一問目に「仏、法、僧の三宝を包括する四つ目の至宝とは何か」という問題が出された。正解は「ラマ」。仏教において釈迦、仏法、僧団の三つを宝として崇めるが、直接教えを授かるのはそれら全ての体現者であるラマに他ならないからである。倍率10倍の難関を突破した医学生25名のなかで、この問題を誤答したのはおそらく僕だけであろう。
その意味ではチベット社会への理解がまだまだ浅く、この時点ではメンツィカンの学生として相応しくなかったといえる。八世紀に編纂されたチベット医学教典『四部医典』には学びの条件として「誓言を順守しラマを敬う人間であること(結尾部第27章)」と記されている。


僧侶 僧侶(イメージ)

ラマを直訳すると(上方)(人称語尾)、「上師」となる。ラには「心魂」という意味もあるので「魂の師」と訳すこともできる(注1)前話(第272話)ではラマを高僧と訳したが、すべての高僧がラマというわけではないし、ラマという資格や階級が存在しているわけではない。日本社会に喩えると伝統的な師弟関係の師匠の存在にあたるだろうか。そう考えるとやはり「上師」という訳がしっくりとくる。おおよそラマと称されるのは20年以上に及ぶ修行を経て密教まで修めた高僧であり(ただし在家行者の場合もある)、または転生ラマの場合は幼小であってもラマとして帰依する。政治家であれ有力者であれどんな年配者であっても、ラマ(ときには幼小の転生ラマ)の前で腰をかがめ恭順の意を表するのは外国人の目にはやや異質に映るかもしれないし、事実、かつての僕にはそう映っていた(第183話)

そうした外国人からの視点によって1960年ころまでチベットの仏教は「ラマ教」(注2)、医者は「ラマ医」として紹介されていた(注3)。そしてこの文中でもラマの単語を用いながらチベット文化を説明しているが、チベット人同士の会話では「ラマ」という呼称は滅多に用いられない。たとえばダライラマと呼ぶのは外国人だけで、チベット人はギャワ(最勝)・リンポチェ(高貴な方)とお呼びする。またラマを用いるにしてもラマ・リンポチェと尊称を添えることが多い(注4)。チベット社会ではラマの単語は注意深く用いられ、ラマへの接し方、もてなし方などチベット社会で暮らさなければ理解し得ないところにチベット仏教の奥深さがある。


メンツィカンの授業風景 メンツィカンの授業風景

ラマに準じるがごとく学校の教師への敬意も重要視される。四部医典には「教師に対し疑いの心を抱かず信頼し/隠しごとなく教師の教えを実践し/日常の行いは常に教師の気持に反しないように配慮し/感謝の気持を末永く忘れずにいなさい」とあり、現代にその教えは活きている。メンツィカンではたとえ休憩時間であっても先生の前で足を伸ばして座ったり壁にもたれかかってはいけない。どんなときでも先生が来たら帽子を取ってさっと立ちあがる。宴会では真っ先に生徒が先生に料理を運ぶ。教室に先生より遅れて入ることは厳禁。遅れてきた場合、教室の入り口で腰をかがめながらトン、トン、トンとドアを三回叩く行為を数回くりかえし「ゲンラー(先生)、ゲンラー」と小声で請願する。先生の機嫌にもよるが最初は無視することが多く、ドアに一番近い生徒が助け船を出してはじめて入室の許可が下りる(第123話)。同級生たちは小さい頃からこうした慣習が身体に沁みついているようで、なるほど自分は異民族なのだと実感させれられた。そしてメンツィカンの先生方は初めての外国人学生に戸惑いつつも、けっして当時30代の僕を特別扱いはしなかった。いまとなっては心から感謝している。
僕は在学中に仏教を深く学ぶことはなく(第136話)、ラマとお呼びできるほどに深く帰依した高僧はいなかったため、いまだ四部医典を学ぶ条件を満たしていないかもしれない。しかしメンツィカンでの生活はいくばくか僕を変えてくれたようだ。帰国後に入学した早稲田大学では(第190話)2年間の授業で遅刻は一度もなく、若い学生たちに歯がゆさを感じつつ率先して先生のお世話をしたのだが、20年前の薬学部時代の自分とは別人のごときである。そんなときラマへの帰依に象徴されるチベット文化が無意識のうちに自分に沁み込んでいることを(それはチベット社会から医師と称されるにはまだ十分とはいえなくとも)実感できるのである。


注1
ラを心魂と訳すと誤解が生じる恐れがある。輪廻転生に際して来世へと受け継がれるのはラではなくナムシェ(識)である。心とするとチベット語では「セム」という単語の方が近い。ラは「生命の拠り所」であり身体を巡回するとされる。

注2
現在「ラマ教」は蔑称的な意味合いを持つとして外国では公的には用いられないが、そうした蔑称的なイメージはあくまで外国人との接触によって生じたものであって、チベット社会において「ラマ」が禁句なわけではない。とはいえ注意深く用いた方がよいのは確かである。

注3
たとえば『チベット潜行十年』(木村肥佐生 中公文庫 1982)のなかで「なにしろ本当の医者のいないところだし、病人は大部分がラマ医のめくらさじかラマの祈祷にたよる以外はない。(P85)」とある。

注4
外国人が「テンノウ(天皇)は」と会話に用いたときの違和感に似ている。また、日本人が天皇ではなく天皇陛下と尊称をつけてお呼びすることと似ている。


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