第347話 ド・ション~石臼~チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

ずらりと並んだ薬研

ずらりと並んだ薬研(「暮らしのくすり塾」講座にて)

 薬研(やげん)とは車輪のような鉄で薬草を細かくする道具である。年配の方ならば映画「赤ひげ」の新米医師役の加山雄三を思い浮かべ、若い世代は「千と千尋の神隠し」に登場する釜炊きジジイの一場面を連想するだろうか。もしくは近所の古い薬局の店頭にインテリアとして飾られているのをみたことがあるかもしれない。戦前まで各家庭にとまではいかないが、比較的普及していたようだ。鉄製ゆえに火薬の調整には最適の道具であった。しかし噂の範疇をでないが、戦時の鉄供出によって激減したといわれている。ちなみにヤカンは漢字では薬缶と記すように、もともとは薬を煮出すための道具であり薬研の親戚にあたる。

ラダックの病院の石臼

ラダックの病院の石臼

 ただ薬研は見た目こそ重々しくて頼りがいがあるが、薬草の調整に関してはけっして万能なわけではない。固い実ならば石で直接たたいた方がいいし、葉っぱならば手で細かくした方がいい。森のくすり塾では主に平たい石臼を用いている。ヨモギ、陳皮、唐辛子などおおよそのものは平臼で事足りるため薬研の出番はほとんどないのが実情であり、結局は店内のインテリアとして落ち着いてしまっている。

西さんと薬研

西さんと薬研(「暮らしのくすり塾」講座にて)

 そこで、薬研の復権のために七味唐辛子作りをやってみよう、と「暮らしのくすり塾」で提案したのは2016年のこと。すると東秩父村地域おこし協力隊(当時)の西沙耶香さんは僕の想像以上に期待に応えてくれた。骨董市で立派な薬研を仕入れるとグラインダーで骨董品の薬研を磨いて見事に現役へと復活させたのである。そして西さんは我が子のように薬研を愛して使いこなし、1年後には東秩父産の原料を用いた「薬研挽き七味唐辛子」としてオリジナル商品の販売をはじめた。陳皮(福来みかん皮)や唐辛子、生姜など、西さんの手さばきを見ていると、薬を「研ぐ」という感じがリアルに伝わってくる。けっして、ゴリゴリと往復運動をするのではなく横の土手にあたる曲面を上手に利用しながら、まさに「薬」を「研」いでいる。電動ミルで一瞬にして粉砕するのとでは香りが明らかに違うし、香りの保持期間が長い。つまり薬研がいちばん本領を発揮するのは七味唐辛子を調整するときだといえる。

メンドゥン(メンツィカンにて)

 ちなみにチベット文化圏には薬研は存在せず、穀物や薬草の粉砕には平たい石臼を用い、チベット語でド(石)・ション(臼)と呼ぶ。インド式の薬鉢を用いることもあり、こちらは動作そのままにメン(薬)・ドゥン(叩く)と呼ばれる。大量のチベット薬を製造するメンツィカンではさすがに電動の粉砕機を用いているが、年に一度の月晶丸(第19話参照)の製造に際しては、カシミール産の平たい石臼を用いて製薬するなど、手作りの伝統は引き継がれている。インドではミックススパイス、つまりマサラをメンドゥンで調整している光景を日常的に目にすることができる。インドが薬草の先進国であると僕が認識している理由は、こうした日常性にある。

月晶丸を作るチベット医学生 2005年

月晶丸を作るチベット医学生 2005年

その名も『臼』(『ものと人間の文化史25 臼』)という書籍によると薬研の原型は大陸にあるが、あちらではかなり大きな車輪を家畜が引っ張りながら周回していたという。そのほかにも南米など世界中の臼文化を取り上げていてとっても面白い。現在、餅つきに普及している横杵タイプは江戸時代後半に、それまでの縦杵(竪杵)に代わって普及したのだが、重心が先端にあるため疲労度が高く、けっして効率的な形態ではないと批判的に解説しているのは興味深い。そういえば確かに日本の餅つきは腰に負担がかかるし、男手がないと無理な形態である。見世物的な要素が優先されたためかと推察できる。そしてなによりも興味を惹かれたのは、臼の研究に生涯を捧げた著者・三輪さんその人の熱意である。

夫婦で餅つき

夫婦で餅つき

 人間と臼とのかかわり合いは、優に一万年をこえているが、いまわれわれの面前で、臼の急激な終焉史が展開されている。営々として人類文化を支えてきた臼類が、あっけなく捨て去られ、顧みるものもない悲しい運命をたどっている。(『ものと人間の文化史25 臼』より)

 本書が1978年に著されたことを考えれば、さらに半世紀近く経過した現況はいうまでもないであろう。それでも石臼で挽いた手打ち蕎麦の価値は高まっているし、我が家のコーヒータイムには手動のミルで豆を挽いている。年末には仲間たちと(非効率的とされる)横杵と臼で餅をついている。かろうじて、それでいて確かに臼の文化が息づいているのは、もしかしたら三輪さんの熱い思いのおかげかもしれない。
 12月6日、そんな熱い思いをみんなで受け継ぎ、臼と薬研について語り合いませんか。東秩父村でお待ちしています。

昨年の講座の様子はこちら


右が小川先生、左が西先生です
挽く前の材料 ネパールの国民食「ダルバート」を思い起こさせます。


参考書籍
『ものと人間の文化史25 臼』(三輪茂雄 法政大学出版局 1978)

小川さんの講座

小川康さんが誘う東秩父村へ

暮らしの”くすり塾”-東秩父村- 【冬】おなじみ七味唐辛子

出発日設定2025/12/06(土)
ご旅行代金7,480円
出発地東武東上線・小川町駅集合

アムチ小川康さんと歩く

【現地集合】ちょっと気ままにくすり旅~上州の名湯・四万温泉~ 2日間

出発日設定2025/11/09(日)発
ご旅行代金59,500円
出発地四万温泉 柏屋旅館

アムチ小川康さんと行く

暮らしに息づくラダック伝統医学 9日間

出発日設定2026/07/18(土)
ご旅行代金588,000円
出発地東京(羽田)

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