添乗報告記●チベット最大の祭ショトゥンと天上の湖ナムツォ9日間(2010年8月)

文・写真●田中真紀子(東京本社)

デプン寺の大タンカ
デプン寺の大タンカ 周囲は人山の黒だかり

チベット夏の風物詩といえば、デプン寺で開催される『ショトゥン祭』。別名「ヨーグルト祭」と呼ばれ、修行のため洞窟などにこもっていた僧侶達が修行期間(夏安居)が明け、人々が彼らにヨーグルトを奉げたことが起源とされます。ショトンの「ショ」はヨーグルト、「トゥン」は表現する、演じる、展覧するなどの意があります。この日は早朝からデプン寺のタンカ台にサンゲ(お釈迦様)の大タンカ(仏画)が掲げられ、年一度のご開帳が行われます。
そんなショトゥン祭を前半のハイライトに据え、後半はダムシュンでのキャンプと聖湖ナムツォを訪れる上に、「チベットの達人」がガイドとして同行する、見所特典盛りだくさんの今夏の特別企画に添乗員として同行いたしました。

歴史はまずツェタンから

スケジュール

  1. 東京・大阪⇒経由・乗継⇒成都
  2. 成都⇒ラサ・ゴンカル空港⇒ツェタン
  3. ツェタン⇒サムイエ寺⇒ラサ
  4. ラサ
  5. ラサ⇒ガンデン寺⇒ラサ
  6. ラサ⇒ダムシュン
  7. ダムシュン⇒ナムツォ⇒ラサ
  8. ラサ⇒北京
  9. 北京⇒東京・大阪

最近は都市化が進んでいるツェタンですが、この地域はチベットの歴史を語るには絶対に外せない場所。チベット創世神話で紹介されるチベット人の祖先の「猿」が「羅刹女」に「私と結婚しないと一万の命あるものを食べ続ける」と迫られ、仕方なく羅刹女と結婚して生まれた6匹の小猿が古代チベット人の6部族に派生したと伝わっています。
そんなツェタンにあるヤルルン渓谷は「王家の谷」とも称され、チベットの初代国王ニャティ・ツェンポの居城でチベット最古の宮殿ユムブラガン(復元)があったり、真珠で作られたタンカで有名なタントク寺*1 や8世紀に創建したチベット初の僧院*2などがあります。
ツェタン探訪の途中に私たちの前に現れたのが、虹。チベットで虹は「吉祥」の前兆。チベット入境初日に「吉祥」紋を見られるとは本当に良いスタートを切れました。


ツェタン上空にあらわれた「吉祥」の虹
ツェタン上空にあらわれた「吉祥」の虹
ユムブラガン
チベット最古の宮殿 ユムブラガン
達人ガイド解説中 タントク寺にて
達人ガイド解説中 タントク寺にて
壁画の解説中 サムイエ寺にて
壁画の解説中 サムイエ寺にて

*1歴史的にはソンツェン・ガンポ王が「羅刹女を鎮める13寺」の左肩として創建したチベット最古の寺院の一つ。チベット創世神話に登場する羅刹女とは別者
*2寺院と僧院は別物。僧院は僧侶の修行の場。寺院は仏像などを祀り礼拝するためのお堂

苦労して、功徳を積んだ?!ショトゥン祭

8月10日。いよいよショトゥン祭の朝。デプン寺到着後、境内の茶館で少し休憩を取った後、タンカのご開帳にあわせてタンカ台へ向かいました。が、今年は異常な混み具合。チベットに来てまで山手線満員電車のようなラッシュを経験するなんて~と皆で笑ったけれど、本当に今年はどこを見てもちょっと驚く程たくさんの人、人、人。
デプン寺のトンドル*(大仏画)は普段はツォクチェン(大集会堂)にしまわれており、年に一度このショトゥン祭の際に運び出されます。例年大体午前8時~15時前後までがご開帳時間です。トンドルは見るだけで悟ることができるという非常に有り難いもの。さらに触わると功徳を得られるとされているので、トンドルの通り道やタンカ台の下で開帳準備が始まってからは大きな歓声が上がります。「キーソーソーソー、ラギャロー!!!(神に勝利あれ)」鬨の声のような祈り声が会場のあちこちで聞こえ、トンドルの開帳が近づくのを肌で感じられると、気分はどんどん高まります。

*3 「トン」=見る、「ドル」=悟りを得られる、の意味の名をもつ功徳を積める大タンカ。チベットだけでなく、ブータン、ラダックなどのチベット文化圏の寺院でも祭の時に掲げられることがある。

通勤ラッシュのような人ごみ
通勤ラッシュのような人ごみ
トンドルのご開帳
トンドルのご開帳
見渡す限りの人
見渡す限りの人
キーソソソ、ラギャロー
キーソソソ、ラギャロー

お祭というと浮かれ、活気があると同時に、カタルシス(浄化)を得られるものと思われているかもしれません。ショトゥン祭には上記のどれも当てはまりますが、信仰に根ざした祭なので、人々の顔は笑顔でありつつも真剣に熱心に祈る姿がみられます。トンドルは見るだけでも十分に功徳が積めますが、大抵の方はタンカ台まで行き、トンドルに触れ、お布施をし、その下をくぐり、僧侶に祝福を受け、トンドルご開帳から受けられるあらゆる功徳を得ようとします。私もお客様数名と一緒に急勾配の坂の上からタンカ台を目指しました。
猛烈な混雑の中、チベタンの優しさも痛感できた今年のショトゥン祭。岩場の上で少しバランスを崩す度、周囲にいるチベタンが抱きとめ支えてくれ、手を差し伸べ、声をかけてくれました。「トゥチェナ(ありがとう)」と言うと「いいよ、いいよ」と笑顔でどの人も応えてくれます。「こっちの方が足場がいいよ」「あっちの方が道がよさそうだ」そんなことを口々に言い合いながら、皆の心は一つ。目指すはタンカ台。


ショトゥン祭でヨーグルトを飲む

そうしてやっと辿り着いた山の中腹にあるタンカ台をくぐる通路の入口。トンドルの裏で皆さんと喜びを分かち合ったのは言うまでもありません。まさに興奮と浄化を体験しました。
茶館に戻った後、スタッフ達と「いやぁ~今年のショトゥンは(タンカ台へ辿り着くまで)大変だったね~」と言うと「苦労した分、もっと功徳を積めているよ!」と言われました。うーん、ポジティブ。でもそうかも…と納得した自分がいました。何はともあれ、迷子もなく、怪我人もなく、無事に全員で帰還できて本当によかったです。

余談ですが、ショトゥン祭と同日にセラ寺でも大タンカが開帳され、ダライ・ラマ法王の夏の離宮ノルブリンカではチベタン・オペラ「アチェラモ」も開催されます。

チベットの醍醐味は巡礼にあり ~ガンデン寺~

チベット人が休日よくしていることを列挙すると、巡礼、リンカ(ピクニック)、茶館で談笑、その他にマージャン、サイコロ賭博ゲームなどがあります。中でも老若男女、誰でもしているのが巡礼。
ショトゥン祭の余韻が残る中、私達が向かったのはゲルク派の総本山・ガンデン寺。ツォクチェンと霊塔堂を訪問した後、寺院を囲むようにしてあるガンデン寺の巡礼路へ。

タルチョを皆で丘の頂上にかけ、ひとしきり盛り上がった後、巡礼開始!
今回、私たちのガンデン巡礼の楽しみの一つはヒマラヤの青いケシ(以下、ブルーポピー)を見つけること。ちょうど数週間前にガンデン寺の巡礼をされたお客様から「た~くさん見られた」と報告を受けていたので期待と時期を逸したかもしれない微かな不安とともに歩き始めました。
昨年末の添乗報告でも少し書きましたが、巡礼は日常の延長で歩くピクニックのようなもの。楽しく笑い話しながら、景色を楽しみ、時々お祈りしたりなどして歩きます。今回もある方は「巡礼っていいですね~。無になれます」と仰っていました。

ガンデン寺にて
ガンデン寺にて
ガンデン寺ゾクチェン内
ガンデン寺ツォクチェン内
(有料で写真撮影可能)
タルチョを丘にかけました
タルチョを丘にかけました
コルラはピクニック気分で
巡礼はピクニック気分で

巡礼路を半周程した頃でしょうか。北側にキチュ川を臨む山の壁面に、ありました!!普段から山登りされているNさんが第一発見者。その後は次々とみつかる、みつかる。
「こっちもあったー」「思ったより小さ~い」など一瞬にしてブルーポピーのとりこに。皆さーん、深呼吸も忘れずにーー!!
最初はブルーコピーに大興奮だった皆さんも最後は見慣れたのか、ある方いわく「こんなにたくさんあると有難味が薄れるね。普通の花に思える」と(笑)。確かに…。

ブルーポピー
ブルーポピー
発見しましたー!
発見しましたー!

巡礼路の最後はゲルク派の開祖でガンデン寺を建立したツォンカパの瞑想堂。最後はここで真面目にお参りをし、チベットloverな方は五体投地をされ、無事にこの日の巡礼も終えることができました。

ダムシュンよいとこ、一度はおいで♪

「よされ~、よさ~れは~~~~」
ここは標高4,300m のチベット高原。なのに日本の盆歌が聞こえてびっくり。振り返るとキャンプ横を流れる小川で数人が歌い踊っているではありませんか!(笑)
ショトゥン祭やガンデン・コルラを越え、この頃には皆さんすっかりうちとけ旅仲間に。お互いのキャラクターも分かり、この頃にはボケもつっこみも何でもござれ。その牧歌的な光景をみながら、人間の順応力は素晴らしさ、大きなケガや病気もなく全員でここまで来られた安堵感、何よりも参加者の皆さんが打ちとけて笑い転げている姿に胸をなでおろしたのでした。

よされ~よされ~~♪
よされ~よされ~~♪
ダムシュンキャンプにて
日陰は涼しい ダムシュンキャンプにて

ダムシュンのキャンプ地から北上すること約1時間。キャンラ・ゴンパという小さな僧院があり、達人ガイドの呼びかけで希望者は散策へ出発することに。途中遊牧民のテントを見学しつつ、歩くこと約1時間。山の中腹に切り出したように建つ寺院が!
達人ガイドや何名かの方は寺院やタルチョのかけ方などの空間の捉え方やセンスが素晴らしいと目を輝かせていました。遊牧民の青年の清々しさに惚れ惚れされる方、放牧のヤクや羊に目を奪われる方、花など植物に興味を持たれる方など、チベットの草原は多くの視点や風景を私たちの前に広げてくれました。

キャンラ・ゴンパ
ダムシュンのキャンラ・ゴンパ
ダムシュンの町
キャンラ・ゴンパから
ダムシュンの町を望む
黒い点はヤク、白い点はヤギの群れ
影絵をして遊ぶ
影絵をして遊ぶ

キャンプスタッフ達
ダムシュン・キャンプを
支えてくれたスタッフ達
ヤクを連れた遊牧民
キャンプの近くには
ヤクを連れた遊牧民
遊牧民テント
遊牧民テント


流れ星に感激。ダムシュンの夜にこだまする声

ダムシュン・キャンプの夜は見事な快晴。「星降る夜」という言葉がぴったりの満天の星の下、静かに闇に身体を浸す方、高校生のようにはしゃぐ方、表現方法は千差万別なれど、思い思いに皆が空を見上げていました。月は猫の爪あとのような細い三日月。その近くに金星が一際輝いています。
欧米では天の川はmilky way と称され、天にミルクをこぼしたようだ、と形容されます。闇が深くなっていくと、まさにと思える白く淡い帯状の群星が大きな空の中心を悠々と流れ、空に浮かび上がりました。
男性陣は眠い、寒い、もう十分見た、などの理由で早々にテントに退散したものの、女性陣はマットや毛布をテントから引っ張り出し草原に寝転がり、寒いけどもっと見たいと欲望に負け長居。ふと睡魔に襲われた次の瞬間…
「ぎゃーーーーー、出た~~~~~~~~~~~~!!!!」
見事に覚醒するも、お化けではなく、出たのは流れ星。実は私たちがダムシュンにキャンプしていた8月12日から13日にかけてはペルセウス流星群が極大する日だったのです。次々と流れる星に歓声は鳴り止まず、流れ星の尾の長さに比例した私たちの歓声が草原にこだましていきます。近くに逗留している遊牧民も、先に各テントに入った男性陣も何事かと思ったことでしょう(笑)
「うわーーーーーーーーーっ!!」
「流れたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
天の川の横をすーっと一筋の矢のように彗星のように見事な流れ星があらわれた時はそこにいた全員で示し合わせたかのような大きな歓声があがりました!
もしも、ダウンジャケットを着込んでもまだなお寒い気温でなければ、寝袋をテントから引っ張り出して外で眠るところでしたが、さすがに風邪をひきそうだったので、残念ながら大興奮の中、それぞれのテントに戻り、眠りについたのでした。

聖湖ナムツォで聖地巡り

ナムツォ1
発見しましたー!

ランチュンラ峠(5,132m)を越える頃、遥か遠くに見えるナムツォ湖 *4は雨雲の中にいましたが、私達が湖畔に着く頃には晴れに!日ごろの行いが良くてよかった(笑)!と皆さんで笑いながら、湖畔沿いに群がる中国人観光客を尻目に私たちはここでもナムツォ湖コルラへ。
ナムツォとは「天の湖」の意。その名のごとく聖湖ナムツォにはただならぬ雰囲気が。湖近くにある岩山にはこれでもかという位たくさんのタルチョやカタが捧げられ、今も行者の修行場としても使われている鍾乳洞上の洞窟があり、至るところにランジュン*5 もあります。何よりも湖の対岸には(頂上こそ雲がかかっているものの)ニェンチェンタンラ峰が連なり、その白に岩肌と湖の青との対比が美しく、ここが聖地でなかったとしても、この風景に人々は容易に魅せられてしまうのではないでしょうか。

*4 湖面海抜は4,718m。富士山よりも1,000m程高い。青海省の青海湖に次ぐ、中国で2番目に大きい塩湖。
*5 「自ら生じた」という意味。仏や聖人の形に浮き上がった石、など聖地で多くみかける。

楽しい時間はすぐに過ぎるもの。濃密なチベットの旅はこうして幕を閉じていきました。
チベットも近代化の波にさらせれ、風景なども数ヶ月単位でどんどん変わっていますが、その中にあって変わらないチベット人達の真剣な祈りや信仰風景をじかに感じることができる旅となりました。そこに「チベット人」がいる限り、チベットは「チベット」なのだと思いを新たにしました。