「シルクロード」とは?

「シルクロード」という響き。どんなイメージを思い浮かべますか?
喜多郎のあの有名な楽曲や、遺跡、砂漠、ラクダキャラバン、ポプラ並木を走るロバ車、などなどイメージされる方が多いでしょうか。

仏教美術の宝庫、砂漠の大画廊・莫高窟(敦煌)

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どこかエキゾチックな響きがあり、悠久のロマンを掻き立てられる方も多いことでしょう。だけど、シルクロードって何?とストレートに聞かれたらちょっと考え込んでしまうほど、シルクロードとは色々な解釈を生み出す言葉なのです。今回は、そんな「シルクロード」について、新疆ウイグル自治区を中心に、ちょっとおさらいしてみたいと思います♪

シルクロード=きぬのみち?

シルクロードは紀元前の昔から重要な交易路として発達してきました。でも、もちろんシルクロードという名前が先にあったわけではありません。古くから国と国、都市と都市を結ぶため、必然的に道は展開していたのです。19世紀にリヒトホーフェンという地理学者が、その道の全体像を中国の特産品であった絹の輸出ルートに着目して「シルクロード」と表現したことで、はじめて道は「シルクロード」という名前を与えられました。シルクロードはユーラシアを東西に走る交易路のことです。別に絹の取引だけをしていたわけではなく、玉や仏教、野菜、果物、様々なものや文化がこの道を通って運ばれました。奈良・正倉院に残された宝物などもこのシルクロードを通って伝わったと言われています。

シルクロードどこからどこまで?

日曜バザールはドライフルーツなどお土産の買出しにももってこい(カシュガル)

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ではシルクロードはどこからどこまでのことを言うのでしょうか。
シルクロードの定義は実は国や研究者によって様々で、ひとつの答えはもはや存在しません。西安からローマまでだとか、シルクロードの東端である日本まで含めるだとか、シリアまでとか色々な考え方があります。そのどれもが正しいといってよいと思いますし、定義があいまいなだけに自分なりの定義を定めておくことが必要になる場面も多々あります。はじめにリヒトホーフェンが「シルクロード」と言ったときには、主に現在の(甘粛省から)新疆ウイグル自治区内を走る交易路のことを指していました。


新疆を走る3本のルート

新疆ウイグル自治区には南の崑崙山脈、中央の天山山脈、北のアルトゥン山脈と、東西に走る3つの山脈があります。その間には世界第二の大きさを誇るタクラマカン砂漠が横たわっています。東西に物を運ぶためには、険しい山脈や厳しい砂漠は避けて通らなければなりません。そこで新疆の中を通る道は大きく言って3本のルートに絞られました。

■天山北路(てんざんほくろ)

一番北を通るのが天山北路です。天山山脈の北側を通ります。草原の道とも言われるとおり、標高1,000m程度で春から夏にかけて緑の草原が広がります。バインブルク草原という、中国で2番目に大きな草原も、ルート上ではありませんがこの天山北路の西側に広がっています。草原といえば馬。石人(せきじん)など古い遊牧騎馬民族が活躍した証が残るのもこのエリアです。

■天山南路(てんざんなんろ)

新疆の真ん中、ちょうど北と南の新疆が分かれるあたりに通っているのが、天山南路です。ここは、玄奘三蔵がインドへ行くときに通った道としても知られており、ルート上にはトルファン、クチャなど、仏教の東漸を知る上で避けては通れない町があります。中国最西端の駅まで続く南疆鉄道はトルファンから西へとこの天山南路に沿って延びています。



■西域南道(さいいきなんどう)

新疆の南側、タクラマカン砂漠の南縁に沿うようにしてオアシスを結んでいるのが西域南道です。新疆中央部から遠く、ウイグル族の文化が色濃く残っているルートでもあります。山脈の向こう側のパキスタンやインド、チベットなどとの関係も強い地域で、チベットと新疆を結ぶ新蔵公路にも接続しています。


シルクロード大走破: 見どころ一挙ご紹介!(第2弾)

ひとくちにシルクロードといっても、新疆の中だけでも3つのルートがあり、それぞれに育まれた文化が異なります。私はこの幅の広さがシルクロードの魅力だと思います。旅をされる皆様も、ぜひ、自然が好き、民族文化について知りたい、食を極めたい、などご自分なりの旅のテーマを考えてみて下さい。シルクロードはきっとそれに応えてくれるはずです。

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