第127回●アムリトサル ~閉門式~

閉門式で行進するインド兵

2012年11月6日、ダラムサラで開催された国際チベット医学会議(クリックすると3.1MのPDFファイルをダウンロードします)に出席した帰り道、パキスタンと国境を接する都市、パンジャブ州のアムリトサルを訪れた。ヒンドゥー教から派生したシーク教の聖地として有名で、男は頭にターバンを巻き、大人は髭を蓄えている。インド人というと日本ではこの姿で描かれることが多いが、実際にはシーク教徒はインド全体の数パーセントに過ぎない。余談ではあるが、この旅行は旧知のタクシードライバー(第120話)に前もってお願いし、結構な金額を支払って契約していた。ところが、朝8時、僕たちを迎えに来たタクシーの助手席にはドライバーの奥さんと5歳の娘が満面の笑みで座っているではないか。「私たちも観光に行くわね」。そしてアムリトサルまで4時間の車中、僕の妻が後部座席で娘の遊び相手を務め、さらには家族の買い物に付き合わされることになったのである。不思議の国インディア。とはいえ家族ぐるみの旅行もなかなかいいものだ。そうしてシーク教の総本山ゴールデンテンプルをお昼に参拝したあと、30キロ西にあるパキスタン国境へと向かった。日没に合わせて開催されているパキスタン国境閉門式に参列するためだ。パキスタン国境といえば10年前のカルギル紛争が思い出される。

2002年6月、インド北部、パキスタンとの国境カルギルにおいて砲撃戦がはじまり、両国間の緊張は次第に高まっていた。1945年以降、最も核ミサイルが発射される危険が高まったと新聞では報道され、デリー・日本大使館からはダラムサラ在住日本人に対し強制退避勧告が発動された。なにしろダラムサラはパキスタン国境から80キロしか離れておらず、1960年代の印パ戦争ではダラムサラにも砲弾が着弾したというではないか。6月15日前後が全面戦争の火ぶたが切られるデッドラインだとし、6月13日に成田行きの日航特別機がデリー空港に配備された。当時、僕を含めた在住日本人は毎日のように日本食レストラン・ルンタに集まって対応を協議したものだった。とはいえ地元のチベット人、インド人は「だからといって、俺たちは今さらどこにも逃げられないよ」と落ち着いたもの。僕はメンツィカンの授業を休み、一旦はデリーまで出かけたものの「まあ、大丈夫かな」判断し、大使館で「自分の意志でダラムサラに残ります」と署名だけするとダラムサラに戻ってきた。結局、15日を境に両国は急速に和解へと向かったが、生まれてはじめて戦争を身近に感じることができた貴重な体験だった。それ以後も両国の間には、常に戦争が起きうることを念頭においた緊張が漂っている。

手前はインド人
向こう側に見えるのはパキスタンの民衆

日没が近づいた17時ころ、両国民の大歓声の中でセレモニーは幕を開けた。インド軍兵士の代表とパキスタン軍兵士の代表10名が、真剣に、大袈裟に対峙しあい、それを両国民が旗を振り大声で応援しあう。ただし、自国を鼓舞する以外、他国を誹謗する発言は絶対にしてはならない掟がある。その光景をみたとき、日本の相撲を想起させられた。相撲はもともと、自然の神々を鎮めるために「~山」と「~海」いう自然界の代表として土俵の上で組み合う神事。そのほか、地方における荒々しい祭りにもそういった意味があったのだろう。それら多くの日本の神事がほぼ形骸化してしまったのに対し、まさにこの大袈裟なパフォーマンスは、現在の、そしてこれからも続くであろう両国間の緊張を鎮めるための現役神事といえる。もしかしたら、この閉門式を普段どおり、毎日、続けていたことで、あの2002年の緊張も解消できたのかもしれないと、第三者である日本人の僕は、そう、都合よく解釈した。国境のフェンスをはさんだ向こうにはパキスタンの民衆が陣取っており、その息づかいが感じられる。相手の顔がみえる。すると、相手も同じ人間なんだ、という、国際調和のための最低必要条件を満たすことができる。

閉門式の後、興奮冷めやらないドライバーに「パキスタンは好きですか?」と尋ねると、「好きも嫌いもないね。隣国なんだから仲良くやっていくしかないじゃないか」と苦笑いしながら答えてくれた。奥さんも娘さんもはじめて閉門式に立ち会えて大満足のようだ。夜7時半、1日の観光を終えてアムリトサル空港に到着。「バイバーイ」と手を振るかわいい娘さんを見ながら、今後も平和な時期が続くことを願うとともに、ちょっとはタクシー代をディスカウントしてくれないかなと心の中で呟かずにはいられなかった。

(参考)
ダラムサラツアーでは帰りにアムリトサルを観光しますが、残念ながらドライバーは文中に登場する彼ではありません。


アムリトサルには閉門式の他、こんな見どころがあります。

ゴールデンテンプルと娘さん

●ゴールデンテンプル
シーク教徒の聖地。その名の通り、寺院が純金で飾られている。参拝の際は必ず頭を布か帽子で覆わなくてはならない。帽子のツバは後ろに回すこと。

シーク教徒
常に剣を携帯している

ちなみに1970年代に活躍したプロレスラー・タイガージェットシンはシーク教徒。また、シーク教徒のみに限り、バイクに乗る際、ヘルメットの着用はインドのどの州においても唯一特例で免除になるそうな。ターバン型のヘルメットはないものか?

パンジャビー・ドレス

●パンジャビドレス
パンジャブ州特有のドレス。日本のパジャマの語源となったことからもわかるようにとても動きやすい。お土産にいかが?

パランタ

●パランタ 
パンジャブ州の名物料理。ピザとお好み焼きをたして2で割ったような感じ。タンドリーで焼いたパランタは絶品。ダラムサラやデリーにもあるが本場の味には敵わない。


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