第171回 ゲンダ ~生徒会長~

ゴンポ
ニマ
ペンパ
ジグメ

歴代のゲンダたち
[左上:ゴンポ(1年時) 右上:ニマ(2年時) 左下:ペンパ(3年時) 右下:ジグメ(4年時)]

ゲンダ、つまり生徒会長が決まらないとメンツィカンの一年ははじまらない。したがって、3月15日にメンツィカン全校生徒60人が集合すると、まずはなにを差しおいても、その年のゲンダ選挙が行われる。
ゲンダの一日はまず朝7時、校舎の屋上にある鐘を打ち鳴らし、読経の開始を告げることからはじまる(第40話)。というと簡単そうだが、絶対に寝坊できないので毎日が緊張の連続だ。以下はゲンダの主な仕事である。
・朝夕の読経の際に60名全員の名前を律儀に読み上げて出席をとる。
・読経後に先生からの連絡事項を伝える。
・授業のはじまりと終りに、計10回、校舎の屋上の鐘を鳴らす。
・学生たちの要望を代表して先生に伝え交渉にあたる。
・毎月、300ルピーのお小遣いを学生全員に配る。
・毎月10日に開催されるツェチュ(第79話)のための買い出し(半日かかる)
・喧嘩、事故など学生たちの問題を調整する。

僕の在学中、一年時のゲンダはゴンポ。二年時は一年時の成績が一番だったことからニマ。三年時はお祭り男のペンパ(第8話)。四年時は親友のジグメ(第2話)だった。例外的にゴンポはゲンダを積極的に引き受けたけれど、たいていは仕方なく引き受けるもの。それほどにゲンダの仕事は多すぎて勉学に支障が出てしまうため、総じて成績上位者が選ばれることが多い。なにしろ全寮制で24時間をともに過ごす集団をまとめなくてはならないのだ。なかでも学生全体の意見をまとめて、大学側との折衝にあたる仕事は責任が重い。なにしろ学生側と大学経営側は生活面、教育面においていつも対立していたからだ(注1)。かくいう自分もよくゲンダを通していろんな要望を提出し、困らせていた一人である。

たとえば2年生のときに僕が発案した薬用バター実習(第16話)や、3年生のときの「教室を博物館に構想(第60話)」では、大学側との交渉で当時のゲンダに苦労をかけさせた。こうして、あまりにも仕事と気苦労が理不尽なまでに多いことから、学生全員、ゲンダにはつねに敬意を表する慣例になっており、たとえば薬草実習の際には、現役ゲンダだけでなく歴代ゲンダ経験者も、荷台ではなく前の座席に座れる特権が与えられる。また、創立記念集会で大学から500ルピー(約1200円)の報奨金とともに表彰される伝統がある(注2)。

授業の最初と最後に鐘を鳴らす仕事も気が抜けない。たまに、周りの学生がゲンダをつついてタイムオーバーなことを教えると、小走りで屋上へ向かっていったものだった。なかには「俺が標準時間だ」と言い切り、自分の都合のいい時間に鐘を鳴らす腹が据わったゲンダもいた。正直なところ、授業の鐘くらいは、職員が鳴らせばいいのにと、僕は思っていたものだった。また、買い出しや小遣いの配布などは当番制にして、仕事を分担すればと思わずにはいられなかった。合理性を重んじる日本人からみると、チベット社会にはこうした理不尽なことが多々見受けられる。でも、その理不尽を意図的につくりだすことで、全体のまとまりが生まれているのではと卒業後のいまになってようやく理解できてきた。

難民という不安定な境遇のなかでは、ダライラマ法王に代表されるように強烈なリーダーシップの存在が常に必要となるのではなかろうか。逆に、チベットの学生に根付いているゲンダの精神によって、法王のようなリーダーシップ性がチベット社会で育まれていると考えることもできる。

ちなみにゲンダの他には、カンリランツォ(第124話)の編集委員6名と、レクリエーションや学園祭を担当するションヌ(青年会)3名という係がある。普通、5年間の学生生活のなかで、ゲンダを含めてどれか一つの係りを務めるもの。しかし、僕だけは幸か不幸か、外国人ということもあり一度も係りに選ばれなかった。勉学に専念させてもらいありがたい反面、一人前の医学生として認めてもらえなかったさびしい気持ちがある。当時、「もしも、外国人のオガワがゲンダになったら、なにかが変わるかも」と学生のあいだで話題には上っていたようだ。でも、もしも当時、僕がゲンダに選ばれていたら、日本人的な合理主義に走って、仕事をみんなに分担してもらい、ゲンダの伝統は崩れてしまったことだろう。

「外国人で初のメンツィカン・ゲンダ」という素晴らしい肩書を得るには、まだまだチベット社会への理解が足りなかったようだ。

注1
ハングリーな環境のなかで湧きおこってくる荒々しいまでの向学心が大学経営側に向けられたことで対立が起こった。したがって、振り返ってみれば多くの学生にとって対立は青春のいい思い出になっている。

注2
TCV(第42話)などチベット子ども村には同じようにゲンダがいることから、チベット社会ではゲンダへの理解が小さい頃から育まれている。ちなみに当時の公務員給与は12000ルピーである。


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