第193回 シンナク ~大きな森の小さな薬店~

tibet_ogawa193_01建設予定地と木材

 信州、上田の森の奥深く、30件にも満たない小さな集落に土地を購入した。ここに小さな「くすりとハーブ店」を建設する予定だ。市街地に引っ越し、もう管理ができないので土地を手放したいというAさんと、森のなかに土地が欲しいという僕の希望が奇跡的に出会い、トントン拍子で話は進んだ。まるで1998年、チベット医学を目指して日本を飛び出すころのトントン拍子の感じによく似ているなと、まるで他人事のようにことの成り行きを楽しんでいた。
 とはいえ、限られた予算のなか、できる限り自分で作業を進めなくてはいけない。まずは、半壊した納屋の撤去にとりかかった。戦前に建てられた納屋が崩れて50年近くそのまま放置されている。「農薬とか危ないものはないから安心して」というAさんの言葉を励みに、晩秋の風が吹くなか僕はただ一人、納屋と対峙した。手には真っ赤なバールと大きな木槌。意外とワクワクする。これからここに店を建てるんだというフロンティア精神が僕の背中を押してくれているようだ。

tibet_ogawa193_02七輪

 「いっせーの」で納屋を倒すときだけは豪快だったが、解体作業はひとつひとつ丁寧に進めた。すると埋もれた土のなかから当時の生活が甦ってきた。古い竈(かまど)、精巧な木製歯車、古い花瓶、七輪、皿、藁。こうして、ついこのまえ、祖父の世代の生き様と向かい合うことができた。民族博物館で展示されているものとは違うリアリティがある。それは、現代社会のなかで「埋もれてしまっている」という意味において、まさに現実的で心に訴えてくる。こうして、ここに住んでいたAさん一家の歴史とゆっくり対峙することができ、「ここに住まわせていただきます」という許しを得ているような気になってきた。納屋を解体した柱は薪ストーブに使い、大自然へと還させてもらっている。これが、古くて乾燥しているのでよく燃える。

tibet_ogawa193_04店舗の梁になる松の木

秋空の下、毎日、黙々と作業をしている僕の姿を地元の人が見るに見かねて重機(バックホー)を貸してくれ、整地作業は一気に進んだ。そうして、一カ月かかって、ようやく土地は平らに整った。つまり、やっとスタート地点に立つことができたのである。そして、敷地内に生える大きな杉とヒノキと松の木を合計32本、チェンソーで伐採した。これを知人のトラックで近くの製材所に運び込み、我が子を見守るように丸太が柱になっていく過程を見守った。「あのー、もしかして、赤ちゃんの取り違いがあるように、僕の木が他の木と間違われることはありませんか」と質問すると製材担当者は「安心してください」と笑ってくれた。こうして4カ月近く乾燥してから建築に入る予定だ(注)。

tibet_ogawa193_03製材された我が子

そこに生える木をつかって店を建てる。森の地産地消といえば聞こえがいいが、「そうなってしまった」というのが正直な感想だ。予算が限られていて、もちろん借金なんかできるはずもなく、たまたま敷地内に木がたくさんあり、たまたま知人に木こりと、大工と設計士さんがいたので、せっかくならと自前の木で店を建てることになっただけのことだ。でも、これが楽しい!

契約時、Aさんは「森(チベット語でシンナク)もいっしょにもらってくれないか」というので、あんまり深く考えずに引き継ぐことにした。勝手に「森のくすり塾」と無邪気に「森」の看板を掲げていたら、本当に「森」が向うからやってきて、「森」の命名審査を受けたような感覚だ。古い廃材の下からスズメバチの巣が出てきたり(死ぬかと思った)、大きな杉の木が思わぬ方向に倒れたり(危機一髪)、一トン近い丸太を引っ張っているときにロープが切れて転がったり(安全管理がなっていない)などなど、一歩間違えば大事故につながる数々の通過儀礼を経たことで、ようやく堂々と「森」を名乗れるような気がしている。
森にはキハダを植えよう。さらに店舗予定地の眼前に広がる畑を地元の古老が快く貸してくれた。ここは薬草とハーブ畑にしよう。店舗も森も畑もと、なんだか話がどんどん膨らんでいくが、きっと大丈夫だろう。なんとなく、根拠もなく、そう思っている。森がくすりで、くすりが森。ここに辿りつくだけで元気になる場所「森のくすり(店舗仮称)」を作りたい。

2016年の夏のオープンを目指して、コツコツと作業をしています。どうぞ、みなさん、無事に完成したら大きな森の小さな薬店にいらしてください。お待ちしています。

注 
2016年の夏のオープンはあくまで希望です。頑張ります。

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新刊案内
「ヒマラヤの宝探し」が本になりました。
『チベット、薬草の旅』(森のくすり出版)。定価1600円税別 
現在、一般の書店には流通していません。お申込みは「森のくすり出版」まで。
風の旅行社カウンター(東京、大阪)でも販売しています。


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