第264話 ショ ~ヨーグルト~

毎週水曜日のメンツィカン学食はションデと決まっていた。ショ(ヨーグルト)(米)、つまりヨーグルト御飯である。白+白の組み合わせでチベットではたいへん縁起のいい料理とされ、特に満月の日は肉を断ってションデを食べる習慣がある。チベット人たちは当然のごとく御飯の上にショをかけて混ぜて食べるので、まさに真っ白となる。しかし日本人である僕は皿に御飯が盛られた瞬間、必ず厨房の係員に大きな声で「ちょっと待ったー!」と動きを制し、ショとデをと別々に盛ってもらっていた。こんな要求をするメンツィカン学生は過去にも未来にも僕だけであろうが、きっと日本人のみなさんならば同意してもらえるだろう。

メンツィカン自家製のショはほどよい甘味でとっても美味しかった。だからこそ余計に御飯とは混ぜずに単独で味わいたかったのだ。参考までに、チベット語は生活に密着したものほど単音で表現する傾向があり、したがって一音のショは極めて身近な存在であることがわかる。ドイツ語に由来する日本語のヨーグルトでは文字数が多くなるために本稿では表記をショとしたい。ちなみにチベット人は朝、ショを食べると心と身体が重くなるとして控える傾向があるので、もしもチベット人を日本で接待する機会があったら参考にしてほしい。 


ショショ(ヨーグルト)

 八世紀に編纂された四部医典には「すべてのショは酸味で涼性、油性である。/大便を乾燥しルン熱を消除し食欲を高める。/乳清(ショの上水)は便を柔らかくし脈管を浄化する。/温めたショは大便を乾燥し熱性の下痢を治す(釈義タントラ第16章)」とある。ショが多様な形状で用いられている点に注目してほしい。また「受精して最初の週/乳にショの素を入れた状態で精液と血が混ざる。/三週目にショのような状態になる。(同上第2章)」とあり、子宮における胎児形成の様子がショに喩えられるのは興味深い。もう一つ。「医者が往診に向かう道でショが詰まった壺に出会ったら病が治る吉兆である。(同上第7章)」とあり古来より縁起物とされていたことがわかる。

 チベット語でヤル(夏)(居)、日本語に訳すと夏安居と呼ばれる修行月間はショと深い関わりがある。正式にはチベット暦で6月15日(西暦ではおおよそ7月)から一ヶ月半の特別な修業に入る。夏には地上に虫が多く発生することから、むやみな殺生を避けるため外出を控えたことに由来している。ヤルネに入った印しとして僧坊の入り口にヒノキの枝が掲げられ、一般人はむやみな訪問を控えなければならない。たとえば友人の尼僧はこの期間、一言も他者と喋らないという掟のもと、真言を唱え五体投地に励む修行をしていた。そしてヤルネがあける時期、おおよそ西暦で8月中旬から下旬が最もショが美味しくできることから、修行満了の祝福としてショが捧げられる習慣がある。さらに時を同じくしてショトン(祭)(またはショトゥン)と呼ばれる夏祭りがチベット各地で盛大に開催される。それほどにショはチベット社会に深く根ざした食物なのである。

 こうして本稿を記していて「そういえば」と暗誦試験ギュースムに挑戦した時のことを思い出した(第51話)。息絶え絶えに4時間半に及ぶ暗誦を終えると、伝統に従って学長からショが授与されるのである。当時はあまりの疲労のために深く考えず、すぐさま食べてしまったが、きっとあれはヤルネと同じく修行開けの祝福に当たる伝統的儀式だったのではないかと、いまようやく思いあたった。

ガルツィ村のショ ガルツィ村のショ

「そういえば」でもう一つ。2015年のチベット・アムドツアーの際にショが美味しくて有名なガルツィ村(瓜什則村:青海省同仁県の近く)にわざわざ立ちよったことがあった。街道の店にはショの大きめの器がずらっと並び、そして驚くほどに美味しかったのだが、あれはショトン祭の直前だったことから、時季の巡り合わせに恵まれていたようだ。当時の写真を見返してみるとディ(ヤクの雌)の乳が原料だったことがわかる。

 チベット社会で暮らして以来、ショがなくてはならないほど好きになり、いま自宅にはヨーグルトメーカーまで備えてある(あまり稼働せず結局は店で買っていますが……)。健康のためだけでなく、たとえばチベット語教室やチベット仏教講座の修了の御祝いとして、さらにはチベットに限らず大学受験の夏季合宿の打ち上げなどにショをみんなで食べることでチベット文化としてのショを体験してみてはいかがだろうか。しかし、さすがにションデは日本には普及しないだろうな。

ガルツィ村の店 ガルツィ村の店
ショを作るお姉さん ガルツィ村 ショを作るお姉さん ガルツィ村



ちなみにサイコロ、もしくはサイコロ賭博のこともショといい、音程が微妙に異なるために発音には注意を要する。確かにこちらもチベット社会に深く根ざしている。

参考
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