第280話 モモ ~餃子~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

チベット料理レストラン タシデレのモモ チベット料理レストラン タシデレのモモ

モモ、いわゆるチベット風の蒸し餃子にかけるチベット人の気合いは凄い。
たとえば過酷なヒマラヤ薬草実習の最終日の御馳走はモモと決まっていた。その日だけはモモ作りのために学生が5、6人ほど指名されて薬草採集の代わりにモモづくりに励むことになる。つまり薬草採集とモモは等価なほどに重要視されているのである。また7月6日のメンツィカン学園祭では生徒全員で朝早くからモモづくりに忙しくなる。僕は歌や踊りなどなにかと好奇心を示して挑戦したがり、みんな手助けをしてくれるが、モモ作りに関してだけは「オガワには付き合っていられない」とまったく相手にされなかった。またモモは自分で作ったほうが絶対に美味しいという誇りがチベット社会には根差している。しかも女性よりも男性の方がモモ作りに対するこだわりが強い。いわば大阪人にとってのお好み焼き、たこ焼き文化のようなものといえるだろうか。

モモ作りはまず肉の購入からはじまる。チベット本土ではヤクの肉が用いられるが、インドのチベット亡命社会では入手しやすいヤギ肉が主に用いられていた(注1)。ただし日本のスーパーように肉が綺麗に切り売りされてはいない。インドでは屠殺されたヤギが金網張りの小さな小屋に吊るされていて、欲しい部位をインド人と交渉して入手する。仮に現地のヒンディー語を話せなければ間違いなく質の悪い肉を売りつけられる。したがって経験豊富な学生が肉の購入へ出向くことになり、肉の質でモモの味がほぼ決まるので責任重大である。ちなみに僕はもともと肉に対する思いが薄かったこともあり、ダラムサラ(北インドのチベット亡命社会)で過ごした10年間一度として肉を購入したことはなかった。

ひき肉作り ひき肉作り

肉の塊を持ち帰ると、さっそく包丁でひたすら叩いてミンチにする。メンツィカン構内にタンタンタンタン!とまな板の甲高い音が同時に3つか4つ鳴り響き、それはあたかも近隣の人たちに「モモづくりが始まったぞ!」と誇示しているかのようだ。けっこう力を必要とするのでいまこそ男の出番とばかりに張り切っている。そしていかに肉を細かくミンチできるかでモモの柔らかな歯ごたえが決まるので妥協は許されない。次にミンチ肉に玉ねぎの微塵切りを混ぜて、ニンニクと生姜のエキスをたっぷりと入れる。濾し布をギューっと絞り出しているときの目を剥きださんばかりの同級生の顔が忘れられない。ニンニクと生姜がたっぷり入っていればヤギ肉特有の臭みが消されるので、臭みが苦手な僕でもモモは美味しく食べることができた。ちなみにモモは日本の餃子に比べると肉の割合が高く、割合が高いものがより豪華とされる。また八世紀に編纂された四部医典には「生姜、塩、山椒などの薬味は食事の味を生みだし食欲をそそる。(釈義相伝第16章)」と記されている。

モモの皮作りは具材作りと同時にはじまる。小麦粉をよく練って、少し寝かせてから棒を使って上手に丸く伸ばしていくのだが、もちろんというほどに皮づくりがみんな上手である。皮は日本の餃子と比べて厚くてモチモチしている。そしてモモに具を入れて包む作業だって全員お手の物。おしゃべりに盛り上がりながら、もう少しで完成という高揚感に教室が包まれていく。やはりここでも僕はほとんど蚊帳の外なので、最後までモモの包み方が上達しなかった……というのは苦しい言い訳であろうか。最後に蒸し器に丸く並べて蒸すと出来上がり。こうしてメンツィカンの生徒全員がモモ作りに参加し、細かな指示がなくても作業の分担が自然とできあがる光景はまさにチベット文化といえる。

ひき肉作りを終えた後の骨 ひき肉作りを終えた後の骨
皮作り 皮作り

なお、モモに付ける唐辛子ペーストは一般的にスィペンと呼ばれ、もちろん手作りである。唐辛子に玉ねぎ、トマトを混ぜて、じっくりと油で炒める。こう記すと簡単そうだが各家庭、各食堂それぞれにこだわりがあって、そしてそれぞれ美味しい。ただ単に辛いだけではなく、まろやかな味わいが好まれる。この自家製スィペンをたっぷり付けてモモを食べると肉臭さがさらに中和されてさらに美味しくなり、食べ過ぎても消化を助けてくれる。

日本ではチベット料理店(注2)だけでなくネパール料理店でもモモを取り扱っていることが多い。もちろんお店で食べるのもいいけれど、機会があれば是非チベット人と一緒にモモを作って、彼ら彼女らの気合いを体感してみてほしい。

注1
なぜかは知らないがインドのチベット亡命社会ではヤギ肉のことをマトンと呼んでいる。したがって食堂でマトン・モモを注文するとヤギ肉のモモが出てくる。たまに羊肉もあるので、こちらはリアル(本当の)・マトン(羊)・モモと呼び分けていた。なお、モモに入れる具材、包み方はチベットの地方によって異なっています。

注2
都内唯一のチベット料理店であるタシデレ(東京・曙橋)では、現在テイクアウトや通信販売でも冷凍のモモやシャパレ(ミートパイ)を取り扱っている。
詳しくはこちら(お店の通販サイト)

参考
八世紀に編纂された四部医典にモモは登場しない。おそらくモモの文化も、モモという呼称も中国から伝わったと思われる。つまりチベットにとっては意外と新しい食文化ではないかと推察している。

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