歌とともに青年の心の旅を描く『ブータン 山の教室』が4月3日より公開

山の教室のクラスリーダー、ペムザム。実際に映画の舞台ルナナに暮らす少女だ。「ブータン 山の教室」©2019 ALL RIGHTS RESERVED


ブータンの観光スローガンをご存じですか? 
日本のCool Japanにあたるそれは、“Happiness is a place”。直訳すると「幸せとは場所(国)」となるのだが、「ブータンという国にはHappiness( 幸せ)溢れているよ」というメッセージが込められている。
実はこのフレーズを2013年頃初めてBKTのシンゲから聞かされたとき、正直あまりピンとこなかった。長年ブータンの企画を担当していて感覚が麻痺していたのか、いい標語だけど…と少し冷めた思いでみていた。
だが、今回この『ブータン 山の教室』を見て、“Happiness is a place” という言葉のもつ強さ深さを図らずも見直すこととなった。幸福は目に見え、形として感じ取れるものにもなりうる、という祈りに似たメッセージがこの映画から伝わってきたからだ。ブータンを題材にしているが、ブータンに興味を持たない純粋な映画ファンでも楽しめる作品なので、是非皆様にもご紹介させてほしい。

<あらすじ>
現代のブータン。教師のウゲン(シェラップ・ドルジ)は、歌手になりオーストラリアに行くことを密かに夢見ている。だがある日、上司から呼び出され、標高4,800メートルの地に位置するルナナの学校に赴任するよう告げられる。一週間以上かけ、険しい山道を登り村に到着したウゲンは、電気も通っていない村で、現代的な暮らしから完全に切り離されたことを痛感する。学校には、黒板もなければノートもない。そんな状況でも、村の人々は新しい先生となる彼を温かく迎えてくれた。ある子どもは、「先生は未来に触れることができるから、将来は先生になることが夢」と口にする。すぐにでもルナナを離れ、街の空気に触れたいと考えていたウゲンだったが、キラキラと輝く子どもたちの瞳、そして荘厳な自然とともにたくましく生きる姿を見て、少しずつ自分のなかの“変化”を感じるようになる。(公式サイトより)

映画「ブータン 山の教室」予告動画

この映画の監督・脚本は、パオ・チョニン・ドルジという台湾を拠点に活動するブータン人映画監督・写真家・作家である。ケンツェ・ノルブ・リンポチェ(『ザ・カップ』の監督)の監督助手なども務めていたそうだ。
この映画がこれまでのブータン映画と一線を画すのは、彼がブータン人というアイデンティティと、その誇りを持ちつつもブータンを外から客観的に見る視点を同時に備えているからだと思う。
『ブータン 山の教室』は、ブータンの美しさだけでなく、現代ブータンおよびそこで生きる若者の葛藤や問題点を端的に映し出しているが、主観的な視線は極力おさえられ、実にスマートに物語が進行していく。ブータンの都会と田舎、現代の若者と昔ながらの生活をしている人々、など様々な対比が映像とわずかな台詞のやりとりで見事に感じ取れる。

舞台となるルナナの風景。標高4,800m。都会に住むブータン人にとっても”秘境“だ。「ブータン 山の教室」©2019 ALL RIGHTS RESERVED

またこの映画における「歌」の役割も印象的だ。
冗談好きなブータン人は様々なことをジョークにして笑いあうが、そのひとつに「ガイドしていて困ったら車中ではブータン民謡を聞かせればいいよ。だってみんな寝てしまうから(笑)」というのがある。もちろん冗談なのだが、それくらいブータン民謡はゆったりとしたメロディラインが常である。隣国のチベット民謡は空高く舞い上がるような高揚感のある抑揚が特徴的だが、ブータン民謡のそれは、緑豊かな風景と呼応するかのようにしっとりと心に沁み込んでくる旋律になっている。
ブータンでは歌が生活に溶け込んでいると感じることがままある。歌垣の習慣が近年まで残っていたし、ピクニックの時も皆で歌って踊ることもある。でもブータンの歌が一番似合うのは山の中ではないかと個人的には思っている。もともと放牧時の牛追い歌が民謡になったことも影響しているかもしれない。実際、ブータン人スタッフとトレッキングしていると、普段歌わない者もよく通る声で歌ってくれる。そして同時に彼らが「山の民」であることを痛感する場面が何度もある。映画にも似たシーンがあったが、彼らはひたすら急な山道を軽々と登っていき、道端に落ちている枝で杖や笛を作って旅の供とする。どこからともなく歌いだすと山にこだまして木も風も一緒に歌っているように感じられる瞬間がある。ブータンの歌は、ブータンのひととなりを表すかのように素朴で、ノスタルジックだ。

主人公ウゲンとヤク飼いのセデュ「ブータン 山の教室」©2019 ALL RIGHTS RESERVED

この映画がブータン人スタッフによって製作されたものだというのは、冒頭のわずかなティンプーのシーンだけでも見てとれる。たくさんのブータンあるあるが隠れていて、私はずっとニヤニヤしながら見てしまった。ティンプーのオフィス風景や主人公ウゲンと長官のやりとり(ブータンは女性公務員も多いが、長官クラスの女性公務員はとても強い。さすが女系社会と思わずにいられない位、とても貫禄があり、強い)、若者が繰り出すクラブ(日本のスナックのような雰囲気だが、ブータンでは最高にイケてる社交場)など語りだしたらキリがないくらい、ブータンマニアにとってはツボ満載のやりとりが随所に繰り広げられる。ブータンに一度でも行かれたことのあるかたなら「あ!」と思うような場所が映っているかもしれない。

主人公ウゲン(右)。ルナナに到着前には見られなかった彼の心からの笑顔にホッとする。「ブータン 山の教室」©2019 ALL RIGHTS RESERVED

青年の心の旅を描いた「ブータン 山の教室」。
都会や外国に「青い鳥」を探し求める若者の鬱屈とした思いはブータンに限ったことではなく、どの世界にもある題材だ。それでもこの作品が心に響くのはなぜだろう。

ブータンに行かれたことのない方には新たな出会いが、ブータンを知る方はノスタルジーに襲われるだろう映画「ブータン 山の教室」。美しい映像と歌を是非劇場でご鑑賞ください。
4月3日より、岩波ホール他にて全国順次公開です。

『ブータン 山の教室』公式ページ

ブータン 山の教室 ©2019 ALL RIGHTS RESERVED

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