第267話 ムクッポ ~紫色~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

「ヒマラヤの宝探し」のタイトルに相応しく「お宝、大発見!」の報告をしたい。
時は2017年10月、場所は埼玉県東秩父村。火傷の妙薬である紫雲膏のワークショップを開催したときのこと。紫雲膏の原材料は、

1.紫根  2.当帰(第73話)  3.蜜蝋(第263話) 4.胡麻油  5.豚脂

紫雲膏
紫雲膏

これら5つである。これらは漢方専門店や近所のスーパーなどを巡ればすべて購入可能であり、製薬は温度管理さえ気をつければさほど難しくはない。したがって製薬だけに限れば講師としての僕の出番はあまりない。それでは面白くないので紫雲膏に限らず緑茶、キハダ、七味唐辛子を含めた東秩父村での講座では原料の村内自給率を高めることにテーマを設定し楽しみを見いだしている。

まず、薬の基材となる蜜蝋は地元の養蜂家から入手できる。薬の滑らかさを生みだす胡麻油の胡麻は村内で栽培されているが油は製造していないとのこと。今回はスーパーで調達したが、その気になれば自給できることがわかっただけでOK。またはエゴマ油で代用すれば村内で生産している(注1)。少量用いる豚脂(皮膚再生作用)は地元の猟師さんから猪の脂を入手することができる。こうして地元のものを用いると仮に代用品であったとしても、薬に対する当事者意識が圧倒的に高まる。当帰はとりあえず僕が上田の畑で栽培しているものを持参しているが、今後、村内で栽培してほしいと思っている

ディモク
ディモク

さて問題は主役の紫根である。その名もムラサキという植物の根。初夏に小さな白い花を咲かせるとても地味な草であるが、かつては万葉集に詠まれ(注2)、ムラサキの根で染色される色は聖徳太子が定めた冠位十二階制度の最高位を獲得した歴史がある。古来より武蔵野や近江、秋田をはじめとして日本各地で自生していた。江戸時代には歌舞伎役者が紫根染めの手ぬぐいを鉢巻にしたことから江戸紫として有名になった。そして江戸末期に華岡青洲(1760~1835)が中国から伝わる潤肌膏を参考として紫雲膏を開発し、火傷の妙薬として現代に受けつがれている。ちなみに紫色の雲は日本と中国では吉兆とされている。しかし19世紀に化学染料モーブ(紫色)が登場したことで紫根の需要は激減し、その因果関係は定かではないが、ときを同じくして自生地も激減した。埼玉県では1960年代に自生が確認されたのを最後に野生のムラサキは絶えたとされる。古来よりムラサキの産地として名を馳せた武蔵野ではいくつかの小中高校の校章にムラサキの花と紫色が採用されており、その名残をかろうじてとどめている。

したがって東秩父は武蔵野近郊に当たるとはいえムラサキだけは自給を最初からあきらめ、講座では僕がヒマラヤから持参した紫根を使用することにした。ヒマラヤのムラサキはチベット語でディモクといい、その根は日本よりも大きく紫色が濃い(第119話)。チベット僧衣の染色のほか、供物の色付けに用いられるなど、かつての日本のごとくムラサキが豊富に自生し生活に密着している(注3)。ただし紫雲膏のように塗り薬としては用いられず、一部の肺の薬として用いられるにとどまる。また、日本のように縁起の良い色とはされていない。事実、チベット語で紫色を表すムックポは胃潰瘍の意味もある。なぜならその下血の色が紫色に近いからである。

野草に親しむ会 野草に親しむ会

そんなムラサキに関わる僕の話を地元の「野草に親しむ会(第215話)」の古老たちは興味深く耳を傾けてくれていた。そして講座の後半にムラサキの姿を写真でみせたとき、最古老(82歳)がつぶやいた。「あれ、これなら自宅の裏庭に昔から生えているよ」。え……まさか、とみんなが驚いているうちに、古老は自宅へ戻りムラサキを持参してくれた。「ずっとなにかわからないまま大切にしていたけど、これがムラサキかね」とあっけらかんと語る古老。たとえるなら「あれ、これがニホンオオカミかね。昔から裏山に住んでいるよ」みたいな衝撃。まさに「宝」が偶然見つかった劇的な瞬間である。

 そして2019年5月、そのムラサキから採取された貴重な種を分けていただいた。6月、赤玉土、鹿沼土、腐葉土を混ぜて土を作り祈るように種をまいたが、正直なところ自信はなかった。それから一カ月後の7月初旬、小さな芽を見つけた。雑草ではないかと何度も疑ったけれど、大きくなるにつれて確信に変わった。ムラサキが発芽したのである。7月下旬、大きなポットへ移植するとき、細い根っこがすでに紫色に染まっていて確信は感動へと変わった。万葉の時代から受け継がれてきた薬草の智慧を、かろうじて受けつぐことができた充実感。こうして種から育てるとムラサキの形状に親しむことができ、したがって野山で発見が可能になる。貴重な薬草を野山で発見する能力。これこそチベット医の真骨頂といえる。

ムラサキの芽 ムラサキの芽
ムラサキの根 ムラサキの根
順調に育っているムラサキ 順調に育っているムラサキ


ぜひ、みなさんもムラサキを育て、もしくは薬草園でじっくり観察し、そして野生のムラサキを探してみてください。「お宝発見!」の報告をお待ちしています。

注1
紫雲膏の秘訣として蜜蝋と胡麻油の絶妙な配合比率がある。保存状態では固形だが、肌に塗ると体温で溶けてほどよく塗りやすくなる。

注2
「あかねさす 紫野行き標野行き 野守も見ずや 君が袖振る」など10首。

注3
日本のムラサキとヒマラヤのムラサキは同じムラサキ科だが、厳密には異なる植物である。ヒマラヤのムラサキの学名はアルネビア・ベンタミー(ヒマラヤ植物大図鑑参照)。

参考
ムラサキの語源には諸説ある。<説1>群れて咲くからムラサキという名前が植物につけられ、その根っこの色をムラサキ色と呼ぶようになった。つまり植物名が先。<説2>朝鮮語で紫色をポラセクという(その語源はわからない)。その色が出るのでポラセク→ムラサキと名付けられた。つまり色の名前が先。

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