第349話 コリア ~韓国~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

薪割り

薪割り

モンゴルのエムチ(前話)が訪れた翌々日、今度は韓国人が森のくすり塾を訪れた。なんと、再来月2025年の10月からメンツィカンに入学するので(半年間のプレ授業を経て正式な授業は4月から)、その前に大先輩の僕に(えっへん!)会いにきたのだという。なんと、なんと、『僕は日本でたったひとりのチベット医になった』を日本語で読了したと話すその日本語もまた流暢で驚かされた。漫画やアニメで興味を抱き16歳から独学で学んでいたという。そして、彼女からもたらされたメンツィカンの近況にはもっと驚かされた。

ゲストハウスで料理中

ゲストハウスで料理中

2019年に5年制の外国人コース(第313話)がスタートしたが中途退学者が相次いだ。チベット人限定の南インドの学校では、卒業後の臨床アムチの席が飽和状態になったことで近年は博物館や薬剤部で働く事例が多くなっていた。この二つの問題が同時に発生したことで、メンツィカンを中心としたチベット医学中央連盟(第69話)は2022年に大胆な改革を行った。インド各地に点在する5つの大学(注1)を統合して新たにBSMRS(注2)という名称とし、NEET(注3)という名称の合同入学試験を行ったのである。しかもチベット人、ヒマラヤ系(ラダック、ブータン、ムスタンなど)、外国人、これらを一律に入学試験を行って、その点数によって希望する校舎に振り分けていくという画期的な方策である。

彼女は韓国での基礎学習、ダラムサラで1年間のチベット語の学習を経て2025年7月に行われた入学試験NEETに臨んだ。そして彼女は69人中2番の成績を修め、晴れてダラムサラ校舎を選択することができた(注4)。ダラムサラ校舎の1学年はおおよそ10人で(僕の時は25人)、寮もあるが寮外に住んで通う学生もいる。ヒマラヤ系の学生が多いらしい。寮は二人部屋で温水シャワーもあって学食もおいしそうだ。さらにインド政府公認の大学となったことでビザの取得は容易になっている。僕の時代はまだプライベート学校という扱いだったので、僕が日本国内で手を尽くしてようやくインド長期滞在ビザを手にしていた経緯がある。そんなこんな、「俺の時代にはバケツに冷たい水を溜めて身体を洗ってなあ……」という過去の苦労話をひとしきり彼女にすると、すごく満足した。ああー、先輩面ってなんでこんなに気持ちいいのだろう! いつか、メンツィカンに入学する日本人の後輩が現れないかと夢見ていたことはあったが、まさか、日本語を話す韓国人によって叶えられるとは想定外だった。

サムゲタン

サムゲタン

実はチベット語とハングルの相性はとてもいい。チベット語から13世紀にモンゴルでパスパ文字が誕生し、パスパ文字を参考にして15世紀にハングル文字が考案された経緯があるので(諸説あります)文字の基本構造は同じである。また、韓国語の豊富な母音は、日本人がすごく苦手とするチベット語の微妙な発音とこれまた相性がよく、事実、僕の知る限り韓国人はどの民族よりもチベット語が流暢だった。ちなみにチベット語で韓国は英語のままコリア、北朝鮮はチャン(チベット語で北)・コリアと呼ぶ。

寮生活は快適になり、規則も緩やかになり、ヒマラヤでの薬草採取実習は、安全な薬草観察会へと変わってしまった。そこは致し方ないし、おかげでこれからも「俺らの時代にはなあ……」と過去の苦労話をどや顔でできるというもの。ただ、暗誦に関しては課題の分量がどうであれギュ・スム(第289話)を目指してほしいと彼女に何度も語りかけた。学問のレベルは環境や時代によって変動したとしても、ギュ・スムの価値は100年前も100年後も、どこにおいても変わらない。そして彼女の流暢な日本語からは、きっとギュ・スムも可能なのではという期待を抱かせてくれた。彼女は一週間、森のくすり塾に滞在し(宿泊は別所温泉のゲストハウス)、その期間に訪れたお客さんたちと積極的に触れ合ってくれた。夜には高麗人参や当帰をたっぷり用いたサムゲタン、チゲなど韓国料理をふるまってくれた。畑での収穫作業を手伝ってくれ薪割も上手だった。きっと、僕が理想とする「大地と社会に根差したアムチ」(第241話)になるような期待が膨らんだ。

モンゴル、韓国、さらに翌週にはインド人が訪れた(次話)。まるで「フィールド・オブ・ドリームス」(第300話)のような不思議な2025年の夏だった。

注1 5つの医学校、7つの校舎が統合された。ただし入学試験と教育システムが統合されたのであって、病院・研究機関としてのメンツィカンは独立している。
1:メンツィカンのダラムサラ校舎 2:メンツィカンの南インド・バンガルール校舎 
3:メンツィカンの北インド・ラダック校舎 4:ヴァラナシのアユルヴェーダ・チベット医学大学(第69話) 5:東インドダージリンのチャクポリ医学院(第297話) 6:東インド・シッキムの医学院  
7:北インド・ラダックの仏教医学院。

注2 Bachelor of Sowa Rigpa Medicine and Surgery (BSRMS)

注3 正式名称
NATIONAL COMMISSION FOR INDIAN SYSTEM OF MEDICINE Ministry of AYUSH, Govt. of India National Commission for Indian System of Medicine -National Eligibility cum Entrance Test For Sowa-Rigpa UG (B.S.R.M.S.) Program NCISM-NEET-SR UG 2025 (For the Academic Session 2025-2026)

注4 NEET試験結果がWebで公開されている。

Result of NCISM-NEET-Sowa Rigpa Undergraduate 2025-2026


試験問題と解答はすべてチベット語です。入学試験に興味のある方は森のくすり塾までお問い合わせください。

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