第353話 シュグ~紙~ チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

所沢市岩岡の新茶の芽

所沢市岩岡の新茶の芽

東秩父村の特産といえば厚くて丈夫な細川和紙。かつて、具体的には60年ほど前の1960年ころまで、採取した茶葉を細川和紙の上で焙じていたという。そんな古老の何気ない話を僕は聞き逃さなかった。「紙を焙じたら紙は燃えないのですか?」という素朴な疑問に、「そういえば、燃えなかったわねえ」と心もとない返事。では、実際に再現してみようということで2017年5月の茶摘みの季節に「暮らしのくすり塾」でお茶講座が新たに設定された。しかし講座が決まってからというもの、地元の古老たちはかなり戸惑ったそうだ。なにしろ幼少期に茶葉の加工を何気に見ていただけで、かれこれ60年近くも和紙で焙じてはいない。そこで、本番の数日前に公民館に集まって予行演習してみたという。すると、かつての思い出が次々とよみがえってきたと楽しそうに語ってくれた。

茶葉を揉むための専用の揉み板

茶葉を揉むための専用の揉み板

そうして迎えた講座の日。まずは、前もって村内で採取した茶葉を蒸す。次に茶葉を揉むための専用の揉み板で揉む。洗濯板のような木製の波板は骨董品のごとく存在感をはなっている。それもそのはず、この講座のために60年ぶりに蔵の中から引っ張り出してきたという。参加者たちは骨董品に興奮し写真撮影会がはじまった。やはり道具は使われてこそ輝きを増すというもの。丁寧に揉まれた茶葉は紙縒り(こより)状に細く丸まった。

そしていよいよ和紙の上での焙煎である。和紙といっても、竹で編んだザルに和紙を何枚も重ねて貼った肉厚の紙製焙烙である。なるほどこれならすぐには燃えない。しかも当時は囲炉裏の上にこの紙焙烙を吊るして、ほどよい距離でじっくりと焙煎していた。紙が焦げてきたら、上から和紙を貼って補強していたという。そしてその和紙はたぶん、切れ端とか使用済みの和紙などの有効利用ではなかったか、と古老たちは復元作業をしながら思い当たった。なるほど、それなら納得がいく。和紙で焙じると美味しくなるからというよりも、貴重な和紙を最後の最後まで有効活用しようとしたら必然的にこうなった側面もあったようだ。

竹で編んだザルに和紙を何枚も重ねて貼る

竹で編んだザルに和紙を何枚も重ねて貼る

会場の公民館には囲炉裏はなかったので、工夫しながら火との距離を十分にとって温度を調整した。茶葉が焦げないでじっくりと焙煎されているのがよくわかる。摘みたて、加工したてということもあり、和紙焙煎のお茶は香りがふくよかで濃い味がした。こうして和紙焙煎を一度でも見ておくと、将来、再現しやすくなる。

茶葉を中国(当時は宋)から日本に伝えたのは鎌倉時代の禅僧栄西とされている。江戸時代に庶民に普及し、当時、抹茶は頭痛に効くとして薬用に用いられた。「お茶を一服」という言い回しには茶葉が薬用だった名残である。栄西が著した『喫茶養生記』(1211年)には茶葉の効用とともに桑茶の効用が述べられている。そこで翌年は、茶葉と同時に桑の葉をまったく同じようにして加工してみた。やはり和紙の上で焙じるとまろやかに仕上がる。

和紙焙烙風景 映画『若者は山里をめざす』予告編より

和紙焙烙の様子 映画『若者は山里をめざす』予告編より 写真をクリックすると動画が再生されます

宋朝で茶を焙る仕方を見るに、朝に摘み採るとすぐにこれを蒸し、すぐに焙るのである。倦き性の怠け者では、この仕事はできないのである。その火を調べることである。焙棚に紙を敷いて、紙のこげないように工夫して茶を焙るのである。 『喫茶養生記』

つまり、和紙焙煎は13世紀に中国から伝わり伝承されてきた知恵だということが推察できる。また、日本の他の地域でも同じように和紙焙煎の文化を見つけることができた。ちなみにチベット語で紙のことをシュグといいクサジンチョウゲから作られる(第151話)。2016年にはじまる「暮らしのくすり塾」のなかで、オウレンの群落を確認し(第240話)、1960年頃に絶えたとされるムラサキが発見され(第267話)、お茶の揉み板が用いられ、薬研が復活した(第347話)。これらはどれも講座の企画段階では予想していなかったことばかり。

1960年代でせき止められていた「おばあちゃんの智慧」。それはあるときに一気に湧き出てくる。場の雰囲気が整い、聴き手の準備が整ったときに、話し手から物語が流れ出す。その瞬間が僕はたまらなく好きだ。

参考:映画『若者は山里をめざす』予告編 原村政樹監督作品(YouTube)

小川さんとともに東秩父村での講座『暮らしのくすり塾』の講師を務める西紗耶香さんを紹介した映画です。

参考図書

栄西 喫茶養生記』 (講談社学術文庫 1445)(amazonへ)古田 紹欽著

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