
インドの街 デリー
2025年8月末、インド人がWEB記事の取材で森のくすり塾を訪れた。ジャーナリストのモハンさんは在日30年だけあって日本語は完璧で、さらに「私の日本名は模範(もはん)です」という鉄板ネタをもっている。取材内容は日本でどのようにチベット医学を活用しているかについて。しかし、話の大半は僕自身のインドあるある(第120話)やチャイには砂糖をたっぷり入れるべき話(第227話)、南インドのトマトライスが劇的においしい話、ときたま車が逆走する話、パキスタンとの関係(第127話)などで半分以上盛り上がってしまった。その取材記事が12月、Webにアップされた。要約すると、チベット医学はインド伝統医学アーユルヴェーダの一派であり、その精神性はインドの古典ヴェーダに由来する。小川氏はその流れの中で日本の山の中に店舗を構えてあらゆる人を受け入れているという内容である。

ラールキラー城 デリー
チベット語でインドはギャカルというが、仏教伝来の地として古来より「聖なる国(パク・ユル)」とも称されてきた。そして仏教伝来の流れのなかでチベット医学聖典『四部医典』の基本となる知識が8~11世紀のあいだに伝えられた。四部医典の冒頭にはサンスクリット語で題名「アムリタ(不死)フリダヤ(心髄)アンガ(科目)アシュタ(八)グハヤ(秘密)ウパデッシュ(口伝)タンタラ(相伝)」と記されているが、これはインドへの敬意を込めて、あえてチベット語題名をサンスクリット語に翻訳して記したのであり、当時の仏典の作法であった。
インド人ローケーシュ・チャンドラ博士(1927-)は「チベットの伝統医学は、主としてインドのアーユルヴェーダに基づいている」「チベットの医学はインド医学を継承し、発展させたものである」と述べている(注1)。この発言はアーユルヴェーダ側からの標準的な見解であり、モハンさんの記事もこの流れに忠実に沿っている。つまり、インドにとってチベットは甥っ子姪っ子のような存在といえる。そのおかげもあり、欧米や日本にありがちなチベット神秘主義(第319話)は存在せず、だからこそ、地に足がついた形でインド社会に受け入れられ広まっている(第69話)。

メンツィカン分院マップ 2011年
現在、メンツィカン(チベット医学院)の分院はインド・ネパール国内に55か所あり、そのうち15カ所がインド人の街にある。分院全体の統計をとると患者の7割はインド人患者でチベット人よりも多い。特に首都デリーのニザッムディーン分院では連日、多くの患者が列をなしている。インド人がチベット医学に期待を寄せる理由の一つに、古来よりインドにはヒマラヤへの信仰心があり、その向こうからもたらされたものを神聖視すること。一つにチベット人はカースト制度に縛られていないのでインド人にとって接しやすいこと。一つにチベット医たちが流暢なヒンディー語と英語を話すこと。一つに治療費が安いこと。さらに、チベット薬がことのほかインド人に対して(チベット人よりも)明確な効果を示すからという薬理学的な理由がある。その理由としては、インド人の菜食性があるのではという仮説があげられている(注2)。またそもそもチベット医学の源流がインドなのだからインド人に優れた薬効を示す可能性は十分にありうる。いずれにしてもインド人とチベット医学の相性は良好なのは確かである。
Web記事の後半で紹介されているように、2014年にモディ首相肝煎りの政策としてAYUSH(アユシュ)省が創設された。アーユルヴェーダ(A)、ヨガ(Y)、ユナニ医学(U)、シッダ医学(S)、ホメオパシー療法(H)の頭文字から命名されたインド伝統医療省である。したがってチベット医学がアーユルヴェーダの一派であると認められることはインドで活動するために大切な条件であり、前話で述べた入学試験のグローバル化もその流れのなかで行われている。

ニザムディーン分院の待合室 2011年
昨今、森のくすり塾に海外からの問い合わせや訪問者が増えている背景には、英語による紹介記事と生成AIによる翻訳機能の発達があるのではと推測している。そこで、今年はこちらからも英語に翻訳しての発信に力を入れていこうと考えている。
今年もよろしくお願いします。
I look forward to having a good relationship with you this year too. (生成AI翻訳)
紹介記事
https://www.jef.or.jp/journal/pdf/264th_Cover_Story_05.pdf
日本語訳PDF
注1
『チベットの精神医学』(テリー・クリフォード 春秋社)の緒言
注2
一般的に血中アルブミン(タンパク質)濃度が低いと薬の効果が劇的に出やすい。そのために副作用も出現しやすいことが知られている。したがって菜食の人は薬の影響が(チベット薬に限らず)出やすい。
補足
英語で紹介された他の記事
https://digthetea.com/en/2021/11/yasushi_ogawa/
https://ps.asia.nikkei.com/unlock/202309/thenaturalsolution.html